第85話 英雄は遅れてやってくる

 「あれじゃないかしら?」


 戦闘の跡―――――というのは些か不適切か。

 正しくは虐殺の跡と言うべき惨状が広がっていた。


 「ハルト、勇者の屍はあるか?」


 百近い人間の顔を一つ一つ確かめていくが、見知った顔はひとつも無い。


 「こいつらを囮にして逃げたらしい」


 死体のどれもこれもがイリュリア兵たちのものだった。

 

 「とりあえず退避したとすれば後方ね。ハルト、飛んで」


 一人をおぶさり二人を抱え、再び上昇する。

 針路を南へとるとやがて、戦闘の音が聞こえてきた。


 「押されています」

 

 コルネリアは目が良いのか、視覚強化をしなくても戦闘の様子が見えているらさい。


 「これでも急いだんだがな……向こうの方が早かったか」


 別にそこに悔しさがあるわけではないが。


 「真打ちは遅れて登場って言うでしょ?私たちは真打ちなのよ!!」


 エリスは先程の殺戮現場を見て沈みこんだ雰囲気を振り払うように得意気に軽口を叩いた。


 「そうだな、役者が揃えば舞台が回るってところか?」


 いつもなら鼻で笑ってすますエリスの軽口も、今は士気高揚のために便乗した。


 「吟遊詩人にネタを提供してやろう」


 ヒルデガルトもそれに続く。

 

 「よくわかんないけど、頑張るのです!」


 コルネリアは言葉が思いつかないのか、鼻息荒くそう言った。


 「降りるぞ」


 陣形を整えて戦う勇者パーティを守る防御魔法の内側へと降下した。

 降下の間際、視界に捉えた敵の姿は見覚えのあるものだった。

 詩織……か。

 詩織を仕向けてくるあたり、随分と敵はイイ性格をしているらしい。

 

 「【神盾イージス】」


 着地と同時に勇者パーティを庇う規模の防御魔法を展開させた。


 「お前ら下がれ」


 逃げたのはおそらく勇者パーティでは太刀打ち出来ないから。

 それでも彼らが一瞬で壊滅しなかったのは、この世界に来てそれなりに努力した証なのだろう。


 「春人ッ!?」


 苦々しげに俺の名前を呼んだのは相沢だった。


 「怪我してんだろ?後ろに下がってな」


 相沢の腕には大きめの裂傷があり、服は赤黒く血が滲んでいた。


 「……チッ」


 面白くないのか舌打ち一つすると相沢は退がって行った。


 「礼の一つもしないなんて人として失格ね!」

 「そういう連中だ。プライドの高さだけは一流なんだよ」


 エリスは相沢の様子に怒っていたので、そんなんで怒っていたらキリがないぞと窘めた。


 「Graaaaa」


 おぞましい見た目の魔物が防御魔法を突き破りそうなほどの大音声だいおんじょうで吠えた。


 「早く相手して欲しいのですか?」


 コルネリアは鉄爪アイアンクローを構えると魔物を睨んだ。


 「らしいな」


 ヒルデガルトは魔剣を抜くと即座に地面を蹴った。

 それが開始のゴングだった。

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