第83話 ヴァンパイア・クイーン

 「これは僕のとっておきさ」


 魔王軍の魔将が一人、テオドラの前に現れた道化師の少年が連れていたのは高潔なるヴァンパイア、すなわちヴァンパイア・クイーンだった。


 「入手の過程に勇者たちとケルテンの英雄さんたちとのいざござがあってね。彼らに対して使えば効果は抜群だと思うよ」


 少年は失った片腕を擦りながら、ヴァンパイア・クイーンの首元に繋がった鎖を引っ張った。


 「良かったな〜お前の会いたがっていた仲間に会えるぞ〜?」


 少年の言葉にヴァンパイア・クイーンの目に一瞬だけ光が戻った。


 「ダメ……お願い……やめて」


 うわ言めいたヴァンパイア・クイーンの言葉にテオドラは表情を曇らせるが、しかし何も追及することはなかった。


 「なに、時期にこの身体に根源が馴染むでしょうから問題ないですよ」


 邪気のない少年の笑顔に内心、冷や汗をかきながらもテオドラはそれを表には出さなかった。

 顕にしようものなら次は自分がその邪気のない笑顔の餌食になりそうな気がしたからだ。


 「感謝致します。必ず貴方様の格別のご配慮に報いる結果をあげてご覧に入れましょう」

 

 テオドールはケルテンの英雄をより脅威と捉えており、ヴァンパイア・クイーンは手始めに勇者たちに対して用いるつもりでいた。


 「期待しないで待っておくよ」


 少年は微笑みとともにそう言ったのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「前方、バルトアンデルスが五体!!ヴァンパイアが一体!!」


 それは突然に訪れた。

 人型の胴体に山羊の足、醜悪な見た目の頭部に鳥の翼を持つ魔物と一体の魔族。


 「全隊、迎撃用意!!」


 すぐさまイリュリア軍は迎撃態勢を整えた。

 魔術師が防御魔法を展開し弓兵は矢に弓を番える。


 「放てぇ!!」


 指揮官の号令と共に無数の矢が虚空へと放たれた。

 そのうち何本かはバルトアンデルスに命中したが、これといって効果はない。

 ヴァンパイアの方は、防御魔法で矢を無効化していた。

 仕返しとばかりにヴァンパイアが腕を振り上げると、バルトアンデルスが降下した。


 「寄せ付けるな!!」

 「「大いなる火は我らを守りて―――」」


 勇者も兵士も関係なく落下体勢にあるバルトアンデルスを撃ち落ちそうと『魔術師メイジ』たちは詠唱を開始したが、到底間に合うものではなかった。

 パリィィィィン!!

 耳障りな甲高い音と共に防御魔法に穴が穿たれ、バルトアンデルスが数名の兵士を着地と同時に殺した。


 「Gyaaaaaa!!」


 掠れた声はバルトアンデルスの凱歌だった。

 元より醜悪な顔は、しかしまるで殺戮を楽しんでいるかのようにより嗜虐的で醜悪なものになっていた。


 「引き返しなさい!!」


 オルテリーゼは咄嗟に自分の馬車と勇者たちの馬車の御者に怒鳴りつけた。


 「は、はいぃっ!」


 御者ら怯える馬に鞭打ち無理に言うことを聞かせると元来た方へと引き返した。


 「我々を置いていくのですか!?」

 「勇者が逃げ出したぞ!」


 残された兵士たちは口々に騒ぎ出したがその声は、兵士以外の誰にも届くことはなかった。

 

 「耳障りよ。【風刃烈破シャイド】」


 ヴァンパイア・クイーンの詠唱一つで彼らの命は全て掻き消えたのだから。

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