第81話 勇者と英雄と
「奴らの討伐はやめだ」
ドゥラキウムは面白くなさそうに吐き捨てた。
「よろしいのですか?」
側近の声にドゥラキウムは机を蹴り飛ばした。
「いいわけがあるかっ!!」
口角泡を飛ばして怒鳴ったドゥラキウムは、自らを落ち着かせるように呼吸を数度繰り返した。
「現有戦力で挑めば我々の全滅は必至、忌々しいが時をかけて手段を用意して挑む他あるまい……」
「それほどの相手なのですか……?」
「間違いあるまい、おそらくあの男は複数の魔法を並列行使していたはずだ」
頬を引きつらせていたこめかみに青筋を浮かべながらドゥラキウムは敵を正確に分析していた。
「あの男に付き従っていた女三人も、おそらく実力者だろう。この国にとっての英雄は俺にとっては敵でしかない……」
陣中は既に早朝から退却の準備が始まっていた。
「ご報告申し上げます。もう少しで退却の用意が整います。陛下も大天幕からご退去いただきますようお願い申し上げます」
「急がせろ!」
大天幕の外、跪いて指揮官の一人がそう言うと、こんなところにいつまでといられるかとばかりに急かした。
◆❖◇◇❖◆
「退いていくな」
アルジスはクラーゲンフルトを囲む城壁の上から様子を見つめていた。
早朝にも関わらずイリュリア軍の幕営地がにわかに騒がしくなったという報告を受けて、慌てて城壁の上に来ていたのだ。
「やはり英雄殿が言ったことは本当だったのかもしれないな……」
「我々の目を覚めさせてくれた、ということでしょうか?」
ツェスタの言にアルジスは頷いた。
「我々は少しばかり伝承を信じすぎていたのかもしれないな。あれはあくまでも過去の伝承であって、今の時代には適応されないということか。或いは新たなる伝承を目にしているのか……全ては我々の
粛々と退却していくイリュリア軍の背中を見つめて、アルジスは感慨深そうに言った。
「明日には竜人族の証言も纏まりましょう。それによっては我々は、イリュリアを敵とすることもあるかもしれません」
竜人族の里は、ケルテン王国内の領土だった。
特異的な生活を送る彼らに自治権を認め形式上の独立を認めたのが竜人族の里なのだ。
仮にも竜人族の資源を目的としての侵攻であるのだとすれば、それはケルテンへの軍事侵攻と受け取ることも出来る。
「ツェスタ、お前は勇者と英雄、どちらを信じる?」
アルジスの問いかけにツェスタは
「勇者とは勇ましい者のこと、英雄とは才知と実力により非凡な事をなしとげる人のこと、どちらを信じるかなど答えるまでもありません」
ケルテンの国民達が吟遊詩人らが春人達を英雄だと誉めそやすのもまたそれが理由だった。
「そうだな、我々は彼らに愛想を尽かされぬよう報いていかねばなるまいよ」
アルジスは、魔族との小競り合いが続く北の国境を見つめた。
その視線の先にあるのはエリスの故郷、シュヴェリーン公国だった。
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