第72話 もう一人の魔王


 長耳エルフ族が代々住処とし、守り続けるアルドゥエンナ大森林は騒めきたっていた。


 「あのねーあのねー、邪悪な梟がねー、森に入って来たのー!!」

 「すごく怖かったのー」


 舌っ足らずな声で、されど危機だと訴えるのは森の精霊ニンフたちだった。


 「うんうん、教えてくれてありがとね!」


 ニンフの声に頷きながら耳を傾けているのは森人とも言われる長耳族エルフの少女だった。

 少女と言っても長耳族エルフは、長命種なので、人族の基準で実年齢を言えば百五十歳以上であることは間違いない。

 だが長耳族エルフの女性にとって年齢の話は御法度、年齢は本人のみぞ知る、だ。


 「みんな、行くよ!!」


 少女は弓を握ると後ろに控える長耳族エルフたちに声をかけた。


 「「おぉっ!」」


 各々の得物を突き上げ歓声を上げる彼らは長耳族エルフの戦士たちだった。

 士気軒昂、精霊たちの逃げてきた方向へと進み出した彼らの足は、暫くして止まった。

 ニンフの言う「邪悪な梟」を視界に捉えたのだった。


 「ソラスだね」


 鷺のような脚部に梟の身体を乗せたような見た目の魔族だった。

 大きく見開かれた魔眼はさながら獲物を狙う猛禽のように周囲を凝視していた。

 

 「また死運精霊バンシーか……」


 少女の隣にいた男が言外にうんざりだと言った。

 彼らが死運精霊バンシーと呼ぶのは、索敵能力に優れた魔族であるソラスで編成された魔王軍の一隊のことで、とある理由によりエウリュアレが魔王として魔族の頂点に君臨した数年前から度々、この森に襲撃を仕掛けていた。

  

 「シルフィ姉様〜、クッキーが焼けましたー!!」


 ニンフと同じくらいに舌っ足らずな少女が、戦士達を率いるシルフィの元へと駆け寄ってきた。


 「危ないから来ちゃダメって言ったでしょ!」


 小声で叱りつけるシルフィは気もそぞろ、口ではそう言いながらシルフィの目はソラスを見つめていた。


 「あの魔力反応は間違いない。転生体のものだ!」

 「殺せ殺せ!」


 シルフィの元へと駆け寄ってきた少女の存在に気付くや否やソラス達は溢れんばかりの殺気を纏った。


 「気付かれたか!!リオ、ディアーナを守って後退して!!」


 シルフィの妹、ディアーナは先代魔王マティルドゥの転生体だったのだ。


 「わかったわ!!」

 

 リオと呼ばれた戦士の一人がすぐさまディアーナを抱き抱えると元来た方へと駆け出した。


 「逃がさぬ!!」


 五人のうち二人のソラスがリオとディアーナを追うべく跳躍した。

 頭上を飛び抜けようと腹をみせたソラスに対して


 「行かせないよ!【強化付与エンチャント】」


 シルフィは魔法で強化した弓に、ミスリル製の矢を番えるとすぐさま放った。

 瞬き程の時間とともに、矢はソラスの腹へ深々と突き立った。

 残りの一体ももまた矢継ぎ放ったミスリル製の矢が突き刺さり沈黙した。


 「妹はやらせはしない!アルドゥエンナの森に踏み込んだこと、後悔しなさい!」


 ソラスがディアーナに向けた以上の殺気をもってシルフィは宣言したのだった。

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