第69話 顛末

 「うっ……ここは……ッ!?倉見!?」

 「……どうしてこんなところにいるんだよ……」


 天童と相沢は辺りを見回しながら起き上がった。

 二人の言動からしてもおそらく【刻生遡行アナンケ】は望んだとおりの効果を発揮したらしい。

 神族から彼らが得た力を、二人の時間を戻すことで無かったことにしたのだから、文字通り力が抜けていたのだろう。


 「お前たちはコイツらを連れて去れ」


 俺は勇者パーティや警護のイリュリア王国軍兵士たちに向けて言った。


 「それは出来ませんわ!」


 胃を唱えたのはオルテリーゼだった。


 「あまり手荒なことはしたくないが?」

 「Graaaa!!」


 俺の声に呼応するように頭上を飛ぶエヴァが空気を震わせながら吼えた。


 「既に、あのドラゴンに手荒なことはされましてよ?」


 今さら対話での解決など出来ようはずは無い、オルテリーゼはそう言いたげだった。


 「お前らだって罪のない竜人族を自分たちの都合で殺していたはずだが?」


 エヴァが相手取っていたイリュリア王国軍の一隊は既に焼け焦げていた。

 爪を使わず焼き殺す方法を選択したのはエヴァなりの復讐なのだろう。

 焼き殺すということは、長時間苦しませて殺すということだからな……。

 

 「……チッ!!お前たち、その男とドラゴンを殺してしまいなさい!」


 オルテリーゼは声高に命令を下したが、その声に従い動く者は軍隊にも勇者パーティにもいない。


 「随分と人望がないらしいな。で、撤退するのか?しないのか?」


 イングナ・フレイにある程度の量の魔力を纏わせ魔力球を空中に作り出す。

 あとは詠唱一つで大虐殺だ、脅しとしては効果覿面だろう。

 俺の意図を察したのか、エリスもフォルセティに魔力を纏わせヒルデガルトやコルネリアは武器を構えた。


 「悪いが俺は気が長い方じゃない」


 オルテリーゼを睨み返すとそっと目を逸らされた。


 「……撤退しますわ」


 目も合わさずオルテリーゼは背を向けた。

 勇者パーティのメンバーたちが。俺に向ける視線は怨嗟、嫉妬、好奇心、憐憫とさまざまだった。


 「生かして帰すが構わないな?」


 きっとエヴァにとっては納得のいかない結果だとは思うが。

 俺がそう尋ねるとエヴァはドラゴンの姿から人の姿へと戻った。


 「背を見せた敵を追うなど、妾の矜持が許さぬ」


 エヴァは俺の心中を慮ってか、あるいは竜人族とはそういうものなのか、どちらかは定かではないが去っていく彼らに対して矛を収めてくれた。


 「助かる」

 「でもこの憎しみは消えるわけではないのじゃ。それは山へと避難した同胞も同じであろう」


 見れば竜人族の里は焼け落ち、もはや荒廃した大地があるだけだった。


 「そうだな……ここはひとつこれで収めてくれないか?」


 イングナ・フレイに魔力を纏わせると、興味深そうにエヴァはこちらを見つめた。


 「【無為徒食ヒキニート】」


 以前、レチュギア迷宮の入口の脇に作った魔法空間を再び作り出す。


 「魔法で家が立つというのか!?」


 エヴァは目を剥き驚きの声を上げた。


 「正確には魔法空間だがな」


 意思を持ち生きとし生けるもの全てを堕落せしむる楽園というふざけた詠唱の古代魔法。

 ちなみに堕落させる効果は絶大だった(経験談)


 「しばらくの間、これを家として活用してくれないか?」


 隣にいるはずのエヴァに尋ねたがそこに既にエヴァの姿はない。

 代わりに


 「極楽なのじゃ〜」


 なんともだらけきった声が聞こえてきた。

 効果は十分らしい。


 「うむ、採用なのじゃ!」


 ラウンジチェアに腰掛けながら、ココナッツジュースをストローで吸うエヴァの姿は、火を吐き兵士たちを焼き殺していたドラゴンからはとても想像できない姿だった。


 

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