第65話 要求と対価

 冷たい風とほっぺをつねる感触に俺は目覚めた。

 自分の股間の上に跨がる妙齢の女性。

 彼女の後ろでは尻尾が揺れており――――


 「って誰ぇぇぇぇぇぇッ!?」


 俺の隣で寝ていたコルネリアがモゾモゾと動き出す。

 起こしちゃったか……。


 「どうしたの……?って誰ですかぁぁぁぁぁ!?」


 寝ぼけ眼のコルネリアの反応も俺と同じだった。


 「お兄ちゃんの上に女性が……リアは知ってます!交尾してるんですね!?」

 「ふぁっ!?」


 おい誰だよ、うちの可愛い妹にとんでもないこと教えこんだやつは!?


 「おい……それを何処で知ったんだ?」

 「お母さんの持っていた薄い本なのです」


 この世界では確かにそういう知識は親から教わるのかもしれないが……如何せんリアにはまだ早いだろうが!!

 ってか、この世界にまで薄い本とかあんのかよ……!?


 「もしかして読まされたのか……?」


 性教育にそういうのを使うと間違った性知識を覚えかねない。


 「違うの、こっそりベッドの下にあったのを読んだの」


 なっ……コルネリア自身の意思だと!?

 しかもベッドの下とか思春期の男子かよ……。


 「そ、そうか……これからそういうのはエリスやヒルデガルトに教えて貰うんだぞ?」


 エリスの家は公爵家だしヒルデガルトの家は騎士、おそらく間違った教育は受けていないはずだ。


 「あの〜妾のことを忘れておらぬか……?」


 俺の股間の上に乗っていた女性が俺とコルネリアの間に割って入った。

 そういや誰かいたっけな。

 コルネリアの性教育の緊急事態エマージェンシーを前にすっかり忘れていた。


 「すまん、で誰だ?」


 目の前の女性ほど髪の長い女性は見たことがなかった。


 「わ、忘れてしまったのか?」


 女性が顔の半分を覆っていた髪をかきあげたところで俺はようやく誰なのかわかった。


 「エヴァか……?」

 「そうじゃ、竜人族族長の娘、エヴァ・シルグリアなのじゃ!」


 つい先日、俺たちを酔い潰したドラゴンだった。


 「こんな夜更けにどうした?」

 

 さっきまで呆れていたエヴァの表情はしかし、今は真剣そのもの。

 余程、急を要する話があるらしい。


 「お主らに力を貸すと言った手前、言い難いのじゃが、妾たちに力を貸してくれぬか!?」


 エヴァは、縋るように頭を下げた。


 ◆❖◇◇❖◆


 「信じられない、勇者連中が竜人族の里を荒らしているですって!?」


 ことの経緯を聞いたエリスは目を剥いた。

 過日の魔族の侵攻にドラゴンが関わっていたことを理由に竜人族の里に勇者パーティとそれを守るイリュリア軍が攻め込んだのだという。

 だがあくまでそれは理由をつけただけに過ぎず、本当のところは人族にも魔族にも靡かない種族である竜人族を脅威と判断した人族の都合で攻め込んだのだろうと、エヴァは話してくれた。


 「奴らの狙いはそれだけではない……グルクタール山から産出する希少鉱物に目をつけたのじゃ!」


 各国が貨幣制度を導入した昔から竜人族の生活のための資金源となっている希少鉱物の取引、それが脅かされている……か。


 「ハルト……あなたの仲間を殺す勇気はある?」


 エリスの目は怒りに満ちていた。

 きっとあまりにも理不尽で横暴なイリュリアと勇者に嫌気が指したのだろう。


 「彼奴らは俺を仲間と思っちゃいないし、それは俺も同じだ」


 勇者パーティの侵攻を阻止しようというのなら俺は手をかそう。


 「まことかの!?」


 エヴァは目を見開いた。

 

 「だが、一つ条件がある」


 俺たちが骨を折る分、イリュリアと敵対する分としての対価は求めたい。


 「なんじゃ……?」

 「耳を貸してくれ」


 このことはまだエリスやヒルデガルトには伏して置くべきだろう。

 俺はそっとエヴァに耳打ちをした。

 人族にも魔族にも靡かない種族である彼女からすればきっと回答に窮する要求だろう。

 だがエヴァは予想外にも即答だった。


 「それくらいの要求、何ほどのことでもないのじゃ!皆の者、妾たちを助けてたもれ!」


 エリスとヒルデガルトが何を話したの?と俺を見つめる。


 「エリス、竜人族を助けに行こう」

 

 窮地に立たされた竜人族からの頼みにに対価を要求する。

 お世辞にもいいとは言えないやり方だが、エステルとの約束を果たすのには必要なはずだ。


 「そうと決まれば、話は早い!北門の外で妾は待っておるゆえ、早く来てたもれ!」

 「「「えっ、今から!?」」」


 俺たちの悲鳴にも似た疑問を置き去りにして、エヴァは窓から外へと飛び降りて行った。

 

 「待たせるのは可哀想だし今すぐ行かなきゃダメそうね……」

 「だな……」


 あぁ見えてエヴァもまたなかなかに、やり手だった。

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