第58話 ちっぽけな意地

 「やぁ……こんにちは」


 目を覚ました時、道化師じみた格好の少年が私の前にいた。


 「目覚めの気分はどうかな?」


 にこやかに尋ねてきた少年の目は笑っていない。

 手首と足首には冷たい感覚があって、辺りを見回したことで初めて私は自分の置かれた状況に気付いた。

 私は横たわっているんじゃなくて壁に括りつけられているんだってことに。


 「この拘束を解いて!」

 「ダメだよー、解いたら逃げるでしょ?」


 体験したこともないような飢えと疲労感に支配される私の身体に、何処かも分からないような場所から逃げる力などありはしない。


 「ところでさ、吸血女王ヴァンパイア・クイーンにになった感覚はどうだい?」


 私が目覚めた時から少年が向けてくる視線の意味がようやくわかった気がした。

 私は彼にとって実験対象なのだろう。

 この境遇は私が春人くんに会いたいって望んだせいなの?

 答えの出ない自問自答、でも不思議と後悔の気持ちは湧かなかった。


 「君は愛しの彼に会いたいと望み、望みを叶える代償としてその姿になったんだ」


 蘇るのは幻惑の神シレーナと名乗る女性から柘榴を受け取った日のこと。

 春人くんに会いたいと願った私の前に現れたシレーナは「貴方の中にある強い渇望が私を呼んだの」、と言っていた。

 つまりは私が望んだことの結果がこの境遇を迎えているというわけなのだ。

 そして私は最後に春人くんに会えて、思いの丈を伝えることが出来た。

 あの柘榴が例え吸血鬼になる呪いだとしても、私は構わないとさえ思えた。

 生存の可能性を諦めていた春人くんが生きていて、そしてもうクラスメイトの誰もが敵わない程の力を持っていた。

 そして彼の周りには強い女の子たちが三人もいて、この世界で春人くんは春人くんの人生をスタートさせていた。

 悔やむことがあるとするのなら―――――

 

 「私も隣にいたかったな……」

 

 もう別れは告げてきた。

 こんな姿で戻ればきっと迷惑をかけちゃうから。

 叶わなかったな……私の恋。


 「君の恋心とか興味ないからさ、早く僕の質問に答えてよ」

 

 目だけが笑っていない歪な笑顔で少年は訊いてきた。

 目の前の彼は、私の自分の掌の上で勝手に踊って悔しがってる姿を見たいっていう邪な心が丸見えだった。

 それなら私は私のちっぽけな意地にかけてこう答えよう。


 「会いたい人に会えたから文句ないわ」


 私一人できっと掴めなかった結果だ。

 たとえ目の前の道化師やシレーナの掌の上で踊らされていたに過ぎないのだとしても結果として私は春人くんに会うことができたのだから―――――。

 

  『今までありがとう』


 願わくば、私を心の隅に置いて生きていって欲しい。

 何も出来なくてごめん。

 春人くんが私の前から消えたあの日のように、私の声も聞こえてくれていたらいいな――――。

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