第56話 お酒は程々に(教訓)

 「おめおめと帰って来おって!」 

 「散々醜態を晒しておいて、よく戻って来れたな」


 ケルテン侵攻の作戦指揮を執った魔将テオドラは、魔王城の謁見の間に入るや否や罵詈雑言の雨に晒された。

 ただ頭を下げて主君である魔王の言葉を待つテオドラを、ここぞとばかりに僚将たちは叩く。

 そんな臣下たちに嫌気がさしたような表情を浮かべつつ魔王エウリュアレは手で制した。


 「テオドラ、記録の水晶は持っているわね?」


 敗北の責任を追及することはせず、失敗をなじることも無くエウリュアレは、水晶球の提出を求めた。

 

 「ははっ、これに!」


 テオドラは記録の水晶球を、投影の術式が込められた台の上に置いた。

 映し出される戦いの記録に、エウリュアレはしばし見入った。


 「ほぉ……勇者はまったくもって使えないけど、この者たちは別格のようね。殺すのは惜しいわ」

 

 居並ぶ魔将たちと共に水晶球が投影する記録映像を見つめながら、魔族の誰もが畏怖する乙女は熱っぽく呟いた。

 

 「あぁ……なんて可愛らしいのかしら。飼ってあげたいわ」


 居並ぶ魔将たちは、異常な様子の主君には慣れてしまったのか、ため息をつくだけだった。


 「テオドラ、この者たちを生かして連れて来てくれたら今回の落ち度は不問にしてあげるわ」


 端正な顔に笑顔を浮かべる当代の魔王、エウリュアレの笑顔の意味を知るテオドラは内心、震え上がった。

 

 「慈悲深き陛下の御心にこのテオドラ、感謝致します」


 命乞いとばかりに床にへばりついた敗軍の将、テオドラ。

 だがエウリュアレの態度はどこまでも冷たいものだった。


 「そういうのいらないわ。貴方はドラゴンという貴重な切り札を損失させたのよ?失敗した暁にはどうなるかわかっているわよね?」


 エウリュアレはピンと立てた人差し指をくるりと回してはじいた。

 するとその動きに合わせてテオドラの身体は勝手に動き、はじき出されるようにその部屋を出ていった。


 「私のモノになってくれる日が待ち遠しいわ」


 魔王エウリュアレは、水晶球が映し出す少年を愛おしそうに見つめた。


 ◆❖◇◇❖◆


 「頭がズキズキするな」


 十五歳で成人扱いとなるこの世界において、お酒もまた十五歳で解禁だった。

 

 「お兄ちゃん、お水なのです」


 子供故にお酒を飲んでいないコルネリアが俺たちの様子を見るに見兼ねて木製のマグカップに水を注いで持ってきてくれた。

 

 「さすがに火酒はキツいわね」


 頭が痛むのかエリスも頭を押さえながら起きて来た。

 どうしてこうなったのかと言えば――――


 「そう言えばお主らは、成人しておるのか?」


 エヴァの問いに俺やエリス、ヒルデガルトは頷いた。


 「コルネリアはまだ成人していない」


 俺はコルネリアに用いていた【幻視紕惑イドラ】を解いた。


 「面白い魔法じゃの!ほれ、妾にもかけてたもれ!」


 子供のように目を輝かせたエヴァにせがまれ、エヴァの容姿を幼女に変えたり老婆にしたりと遊び出すうちに気付けば酒盛りが始まっていた。

 

 「妾の注いだ酒が呑めんのか!?」


 パワハラ上司のような言動のエヴァに半ば飲まされる形で時間は流れていき、結局このザマだった。

 エヴァが持っていた酒は火酒といって、元いた世界で言えばウイスキーのことで、アルコール度数が高く強い酒だった。

 夜明け頃になってようやく俺たちは酒盛りから解放されたのだった。


 「おぉ、もう夜明けか!!妾は竜人族の会合に出なければならんので失礼するのじゃ!」


 もの凄いペースで火酒をガブ飲みしていたにも関わらず、ピンピンしたまま明け方にエヴァは帰っていった。

 酒豪という言葉が可愛く思えてしまう程に化け物じみた呑みっぷりだった。


 「うぅ……頭が痛いぞハルトぉぉ」


 のっそりと起き上がったヒルデガルトは酒臭い息を吐きながら言うと、火酒の入った容器を見つめた。


 「二日酔いには迎え酒……わらひのいた村の常識だぁッ!」


 ヒルデガルトは訳の分からないことを口走りながら火酒を呷るとそのまま、ひっくり返って鼾を立て始めた。


 「今日は休むか……」


 もう何かする気力は無くてエリスも


 「さんせーい」


 そう言うとその場にひっくり返ってしまった。

 今度、エヴァが来たときに備えてアルコールを分解するような古代魔法を探しておこう、と密かに俺は決めたのだった。

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