第54話 幕引き

 体から何もかもが吸い上げられていくような感覚を伴いながら息吹ブレスを押し返していく。

 目に見えて魔力が減っていくのがわかるが今さら止めるわけには行かない。


 「お兄ちゃん、後ちょっとなのです!」

 「そのまま押し込めハルト!」


 コルネリアとヒルデガルトが群がる魔物達で屍の山を築きながら応援してくれている。

 エリスは全ての魔力を俺に渡してしまったために疲労困憊していたが、それでも俺を見守ってくれていた。


 「もうちょい、もうちょいだっ!」


 【神盾イージス】で息吹ブレスを押し返し続けて数分、ドラゴンの口元はすぐそこというところまで来ていた?


 「何故ダ……何故効カヌ!?」


 ドラゴンの声には明らかな困惑と狼狽が入り交じっている。


 「貴様……サテハ人デハナイノカ!?」

 「人だが?」


 創造神エステルの知識と魔力を受け継いではいるが人を辞めたつもりはないからな。


 「確カニ人ダガ……感ジルゾ…秩序ノ力ヲ……」


 人よりも知恵を持つというのは嘘では無いということか……。

 今まで言葉を交わしてきた相手の中で、初めて目の前のドラゴンは神の力を宿していることに気付いた。

 だが知ったところで命を奪ってしまえばそれまでのこと。


 「お喋りは終わりだ!!」


 俺はドラゴンの鼻先に飛び乗った。

 それと同時に【神盾イージス】の魔法を解除し、体をドラゴンの体に固定すべく詠唱を口にする。


 「【魔杭ハーケン】」


 足と左の手を魔力で構成した粘着質な魔素でドラゴンの鱗に固定した。

 鱗が貫けないのなら、くっついてしまえばいいという発想によるもの。

 杭という字面には似ても似つかぬ魔法だが、仕組みはそういうものだった。


 「GRyaaaa!」


 喚き散らすような声を上げ、必死に振り落とそうとしてくるが俺は既に体をドラゴンに固定している。


 「あばよ!【氷牙貫穿グラキエースアクス】」


 鱗のない眼窩に、ありったけの魔力を注ぎ込んだ魔法を放つ。

 爬虫類を思わせる黄色い瞳が、黒く細い眼球が鈍い音を立てて潰れた。

 

 「Gyaaaaaa!!」


 鼓膜を破らんばかりの咆哮は大地を揺らす。

 ドラゴンの足元にいた魔物が膝を折る程の絶鳴――――。

 【氷牙貫穿グラキエースアクス】が脳天にまで達したのか、ドラゴンの頭部が爆ぜた。

 嘘のように静まり返った空と頭を失ってもなおたち続けるドラゴンの肉体が足場を失って落下していく俺の視界に移る。


 「【飛行フルーク】」


 着地間際でどうにか詠唱が間に合った俺は落下の衝撃を殺すことが出来た。

 煙をあげて転がる肉塊は間違いなくドラゴンのものなのだろう。


 「あぁ……終わったのか……」


 ドラゴンが声を発しなくなった後も、地平の向こう何処までも殷々と轟くドラゴンの絶鳴ぜつめい

 どこか物悲しげなそれに俺は勝利を実感した。

 だが同時に襲ってきた疲労感に俺は意識を手放した――――。

 

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