第52話 ドラゴン討伐(1)

 「流石にあの鱗は貫けないわね……」


 距離二百メートルで放った殲滅級魔法はしかし、ドラゴンの鱗を貫けなかった。


 「ケルベロスとは大違いということか」


 ケルベロスは剥き出しの身体だったが、ドラゴンは硬い鱗に覆われている。


 「【氷牙貫穿グラキエースアクス】」


 単純な魔力量による問題で貫けないのだとすれば、魔力量で優る俺の魔法でなら何か変わるかもしれない、そう思ってケルベロス相手に使った魔法を詠唱したが――――


 「ダメらしいな」


 脱帽だ、思った以上に硬いらしい。

 距離を詰めて肉薄攻撃に賭けるしかないということか……。

 なぁエステル、ドラゴンの鱗を貫通できる魔法はあるのか?

 困ったときはエステルが俺に託した知識を用いるのだが――――


 †ドラゴンは古代から生き続ける最強種であるが故に、遠距離からその鱗を貫通できる攻撃魔法は存在しない。弱点である鱗の無い部分を近距離で攻撃することが有効打となる†


 視界に浮かび上がった白い文字に俺の求める答えはなかった。


 「エリス、どうやらあのドラゴンの鱗を抜ける魔法は無いらしいぞ?」


 現代魔法よりも威力のあるとされる古代魔法ですら鱗を貫くことが出来ないというのは想定外だった。


 「そんな……じゃあどうしろっていうのよ!?」


 エリスは目を剥いた。


 「だからこそ、エリスに頼みたいことがある」


 俺はたった今、思いついたばかりの考えを口にした。


 「エリス、身体強化の魔法は使えるか?」


 これまで見てきた限りではエリスは、どんなタイプの魔法でも仕えている。

 

 「もちろん、できるけど……?」


 最悪無しでもドラゴン討伐はやるしかないと覚悟していたが、エリスが出来ると言うなら是非にも身体強化の魔法は行使してもらおう。


 「なら、身体強化の魔法を俺にかけてくれ。そしたら俺はドラゴンの懐に飛び込む」


 本当は身体能力の高いコルネリアが適任なのだろうが、コルネリアを危険に合わせたくはない。

 何しろ自分を兄と慕ってくれる彼女は、俺よりも五つも年下なのだ。

 それにこれは、俺やエリス、ヒルデガルトの始めた戦いなのだから命の危険が高い以上、付き合わせたくはない。

 だからこそ、俺が古代魔法で屠るしかないのだ。


 「頼まれてくれるか?」


 俺の問いにエリスは暫くの間、沈黙を保った。


 「ハルト、あなたの安全は含まれていないの?」


 エリスは俺の身を心配してくれていたらしかった。

 だが事態は急を要する。 

 そうであるのならば俺が適任なのだろう。


 「そう簡単に死ぬつもりは無い」


 出来るだけまよいのない自信ありげな声音で言った。


 「わかったわ……」


 フォルセティを翳してエリスは詠唱した。


 「魔力を纏いて新たなる境地に至る、身体強化フィジカル・ブースト


 エリスの魔法が優しく俺を包み込んだ。

 少しずつ体が丈夫になっていく、そんな感覚が体を駆け巡った。


 「今の私に出来るのはここまでよ……。隣に立てない私の分まで戦って」


 エリスはそう言って予想外の行動に出た。

 俺の唇は何故かエリスに奪われていた。

 だが、次の瞬間その意味を悟った。

 口伝いに膨大な量の魔力が流れ込んでくるのだ。


 「べ、別にヴァンパイアのキスを見てしたくなったとかそういうわけじゃないから!」


 唇を離したエリスの顔は赤かった。


 「私の魔力と一緒に…私と一緒にあのドラゴンを倒して!」


 きっと俺が十全に戦えるように、エリスは恥ずかしい思いをしながら魔力を讓渡してくれたのだろう。

 ならば、それには結果で応えなければな。

 俺は覚悟を新たにした。

 

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