第48話 説教

 「天を穿ち大地を切り裂くは不可視の風、風刃壊尽ヴェントゥス・カースス


 初めて使う風の古代魔法。

 攻撃の軌道を定めるように、広範囲に被害を与えるべく魔杖を振るうと暴風が吹き荒れた。

 咄嗟に瞑った目を開けるとそこには、上半身と下半身が分かたれた魔物の死骸が転がっていた。

 周囲には噴水のように噴き上がった血が雨のように降り注ぐ。


 「まるでよく切れる包丁で肉を切断したようだ……」


 ヒルデガルトは上半身を切り落とされたミノタウロスの断面を見つめていた。


 「なんだよ……今の光景!!」


 後ろで驚きの声が上がった。

 相沢の声か。


 「ヒルデガルト、コルネリア、井戸の中の蛙な勇者達に見せてやれ。上には上がいるってことをな」


 二人は頷いた。


 「ハルトより右の敵はコルネリアが、私は左の敵を殺る!」

 「はいなのです!」


 ヒルデガルトは魔剣を構え直し、コルネリアは胸の前で拳を突き合わせた。


 「牙狼纏がろうてん!!」


 大人びた幻覚のコルネリアがオスターヴィッツの古城のときのように、神は白銀へ瞳は金色に輝いた。

 コルネリアは、獣をその身に降ろしたのだ。

 

 「行くぞ!!」

 「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 裂帛の気合いで自らを奮い立たせて二人は走り出した。


 「おい、いくらなんでもあんな魔物の大群……」


 クラスメイトの言葉はそこで途切れる。

 いや、目に映った光景の非常識さに言葉を失ったのだろう。


 「死にたいやつから来い!」


 ヒルデガルトは魔物を挑発し、かかってきた奴から再生不可能な切り傷を与えていた。


 「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 コルネリアも可憐な少女のものとは思えない言葉で、牙狼纏がろうてんの副作用による昂りに任せて魔物を片っ端から屠っていた。

 

 「有り得ない……俺たちは勇者なんだぞ……」


 うわ言のように呟くのは天堂の声だった。

 この辺で、少しばかり臀を叩いてやるか。

 別に励ますつもりもなければ助けてやるつもりもない。

 ただ、シュヴェリーン解放を目指す俺たちの代わりに勇者達には面倒を引き受けて欲しいという打算に過ぎない。

 少しばかりやる気を出して、勇者に相応しい成長を遂げてくれれば俺たちの代わりに魔族や魔物を討伐してくれるかもしれない。

 そうなればこちらは負担が減るのだ。


 「お前達、勇者より強いものはいないとでも思ってたんじゃないか?」


 ヒルデガルトとコルネリアをフォローするからには、後ろでエリスに守られている勇者達の方を向いて話すわけにはいかず、いかにも片手間といったふうに俺は勇者達に言葉を投げかけた。


 「だが実際のところはミノタウロスの一体の討伐にすら困る有様」


 もっともミノタウロスは通常、銀等級冒険者のパーティで相手取るような魔物らしいが。


 「勇者になって、ぬるま湯な環境で育てられていい気になってたんだろ、違うか?」


 日に三時間の訓練、三時間の座学。

 部屋は与えられ、食べるにも困らない。

 何かが起きれば、すぐに騎士団おとなが手を差し伸べてくれる。


 「その力を活かしきれないのなら勇者など、務まらん。知っているか?ケルテン王国の冒険者達にはお前らを守るようにって命令が出てるんだよ」


 守る側ではなく守られる側、というのが彼らの立場。

 恩着せがましくケルテンを救うために送られたにも関わらず、この醜態では恥晒しもいいところだ。

 

 「そんなの当たり前じゃないか?俺達は知りもしない国に守りに来てやっている側なんだからな!!」


 俺の言葉をコイツは本当に聞いていたのだろうか……。

 天堂は立ち上がってそんなことを言った。


 「まだそんな眠たいこと言っているの!?バッカじゃない!?」


 何も言う気力が湧かず、ため息をついた俺の変わりに勇者達を一喝したのはエリスだった。


 「守りに来てやっているだって?結局何も出来なくて私達に守られてるのに?よく言うよ!結論で言えば、あんたみたいなカスは不要よ!」


 エリスは天堂の態度に対して相当頭に来たのか、この世界の誰もが信じて疑わない勇者という絶対的救世主をカスという言葉で一蹴した。

 さすがにそこまで言われれば、二の句を継ぐことも出来ないのか天堂は黙りこくった。

 だがそれと同時に彼らにも変化が置きつつあった。

 活力を失っていた目が光を宿し始めたのだ。

 勇者として何が求められているのかを理解し、ようやく自分に足りてないものに気付いたらしい。

 どうやら上手く臀を叩いてやれたらしかった。

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