第43話 銀色の仮面

 「お前達は銀等級の冒険者と聞いた。よって他の銀等級冒険者と同じく勇者様方の護衛にあたってもらう」

 

 ケルテン王国の兵士が俺たちに持ち場を告げにきた。

 なるほど、アルジスの言う通りで勇者の護衛を冒険者が担っているというのは本当らしかった。


 「人々を守るための勇者を人が守るって、もの凄い矛盾を感じるのです!」


 話を聞いていたコルネリアが俺たちの誰もが疑問に思っていることを口にした。

 兵士は何の反応も見せず黙っていたが顔にはその通りだと書いてあった。

 

 「コルネリア、それを口に出来ないケルテンの者たちの都合もわかってやれ」

 

 ヒルデガルトがコルネリアの頭を撫でながら行った。

 勇者の力を貸し与えて恩を着せるイリュリア王国の目的は、皮肉にも魔族の侵攻を受けるケルテンの需要と合致、勇者が伝承どおりの強力な力を持つ集団であるという認識を信じて疑わない彼らは、その実力も知らないまま勇者一行を迎え入れてしまった。

 そもそもイリュリアはケルテンなどあてにしてはおらず、勇者の派遣で搾り取れるだけ搾り取り次の侵攻を受けるだろう自国の戦費に充てるつもりなのだろうことは容易に想像がつく。

 おそらくアルジスをはじめとするケルテンの上層部もそれは理解しているはずだ。

 その上で勇者の助力を要請したのは、亡国の憂き目において勇者による救いの手を取らねば「無策で手をこまねいていた」という誹りを受けるからなのだろう。

 国家の威信を、王の求心力を守るための苦肉の策だったというわけだ。


 「了解した」


 俺がそんな彼らにしてやれることと言えば、アルジスの求めに応じて勇者たちを守ってやることだけだ。

 俺の返答を聞いた兵士は踵を返して元来た方へと戻っていく。


 「なあ、一つ俺の頼みを聞いてくれないか?」


 俺はエリスたちに向かって言った。

 三人の視線が俺に集まる。


 「これを顔につけて欲しいんだ」


 背嚢から取り出したのは銀色の仮面。

 顔の上半分を覆うそれを俺は三人手渡した。


 「なぜこれが必要なのだ?」


 ヒルデガルトは受け取ると装着する目的を訊いてきた。

 理由は至極単純、隠したいことがあるからだ。


 「俺たちがケルベロス討伐を討伐したことが一部の者に知れ渡ってしまっていただろう?」

 「それはそうだな……」


 公表することを避けるようお願いはしていたが、公的な発表がなくてもあれだけ見ていた人たちがいたのだから、自ずと知れ渡ってしまうのは仕方ないことだ。


 「実力を買われて頼まれているのだから光栄なことじゃない?」


 確かにエリスの言うことは、もっともなことではあったがその分俺たちは目的から遠ざかっているとも言えるのだ。

 

 「今後、素性が割れてしまえば俺たちは様々な依頼厄介ごとに巻き込まれるだろう。その度に命を危険に晒すことになるのだとすればエリスやヒルデガルトの悲願を成就することさえ叶わないかもしれない」


 俺の言葉に耳を傾けていた三人は納得したような顔つきになった。

 いや、約一名そうではないのがいた。


 「つまり、今回の依頼では素性の知れない影の英雄になろうってわけね!」


 エリスは目をキラキラさせていた。


 「どうしちゃったんだ、あれ」


 俺はこっそりとヒルデガルトに耳打ちした。


 「実はな……エリスは実力を隠して戦う物語や素性をあかさずに戦うような創作物が大好きなのだ」


 なるほどそういうわけか。

 つまりは自分が素性を隠して戦う側になるからワクワクしているのか。

 意外と幼い部分もあるのだな。

 何というか年相応な反応に安心した。


 「でも、私が特徴的すぎてバレちゃったり……私は、置いてきぼりですか……?」


 不安そうにケモ耳をピコピコさせながらコルネリアは俺を見つめた。

 言われてみれば確かにコルネリアの言う通りだった。

 獣人族の少女を伴っているというだけで、わかりやすい特徴になってしまう。

 ましてやコルネリアは全滅した戦狼族の生き残りなのだから尚更だ。

 

 「姿を変えるほかなさそうだが……」


 ヒルデガルトが思案顔で腕を組んだ。

 

 「何かいい方法があるといいけど」


 そんなことを言いながらエリスは一人ノリノリで仮面を顔につけた。

 魔法で容姿を変えるしかないのだが、都合よくそんな魔法があるのだろうか。

 俺は背丈の伸びたコルネリアの姿を想像した。

 顔ばっかりはイメージを変えることは出来ず、非常にアンバランスな姿だが……。


 †姿は変わりて余人は惑う、幻視紕惑イドラ


 視界に浮かび上がる白い文字。

 俺の想像するような魔法だといいがな……。

 再現される古代魔法は、あくまでも俺の想像に最も近い効果をもたらすものであって、そのままとは限らない。

 とりあえず唱えてみるか。


 「コルネリア、今からお前の姿を変える。不具合があるようなら言ってくれ」


 初めて行使する魔法故に分からないことだらけだ。

 

 「はいなのです!」


 俺のことを信じきった顔でコルネリアは返事をしてくれた。


 「姿は変わりて余人は惑う、幻視紕惑イドラ


 詠唱するとコルネリアを光の膜が覆った。

 そしてコルネリアを覆う幕は徐々に高くなっていき、やがて消え去った。


 「こ、この美人、ほんとにコルネリアなの!?」

 「わ、私の可愛い妹は何処へ!?」


 エリスとヒルデガルトは狼狽した。


 「お兄ちゃん、私、おっきくなった!」


 自分の身体をしげしげと見つめながら、コルネリアは驚いていた。


 「触感を伴った幻覚でコルネリアの成長した姿に見せる魔法なのだろうな」

 

 コルネリアが鉄爪アイアンクローを振るえば、コルネリアの幻覚も同じような動きをみせる。


 「これが幻覚だと言うのならば、大きくなったコルネリアに傷を与えてもコルネリア本人は小さなままだから、傷を負わないということか?」

 

 コルネリアの身体を無遠慮に触りながらヒルデガルトが訊いてきた。

 あどけなさを残しつつも眉目秀麗な顔立ちは大人の女性らしい気品を漂わせている。

 長く伸ばしたシクラメン色の髪は艶めいており、通りかかる人の目を奪う。

 

 「そういうことになるな。だがこれはこれで問題かもしれん……」

 

 何しろ、ここまで綺麗だと男達が黙っちゃいない。

 自業自得ながら先が思いやられるな……と思ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る