第40話 責任感

 「「「大いなる火は我らを守りて忌敵を燃やせ、火閃イグニス!」」


 放たれる火球は、魔物の群れの中に吸い込まれていった。


 「ハァハァ……ごめん、これ以上は俺達には無理だ!」


 魔族との戦争の最前線となっている国境の村に到着した勇者パーティだったが圧倒的な魔物の大群を前にあっという間に魔力を消耗させられていた。


 「詩織ー、治療お願い!」

 「今行くよ!」


 彼らにとって二ヶ月の訓練は十分とは言い難く既に傷を負っているものも少なくない。

 それでも全員が生存しているのは彼らにとっては奇跡としか言いようがなかった。


 「生命いのちの息吹は満ちて輝く、治療ヒール


 傷を負ったクラスメイトに回復魔法を施していく一人の『魔術師メイジ』。

 そんな姿を遠目に見てつまらなそうに吐き捨てるのは、勇者パーティの護衛任務を請け負ったケルテンの冒険者達だった。

 

 「あんなガキ共のお守りのために血を流さなきゃいけねぇとはな」

 「お偉方は、高度に政治的な理由とでも言うじゃないか?」

 「クッソ、ペデロは死んじまった……」


 全員の生存は決して奇跡などではなく、代わりに流血を肩代わりする者達がいるからに過ぎない。

 生まれてからこの方、平和な世界に暮らし異世界に来てから勇者と持て囃された彼ら達は知る由もなければ知ろうともせず当たり前のに浸るばかりだった。

 

◆❖◇◇❖◆


  シュヴェリーン=ケルテン国境に広がるリーゼンベルト山脈には黒々とした雲が立ち込めていた。


 「ヤバそうな雰囲気が濃厚だな」


 街道から外れた国境の村落に来ていたが、村は荒れ果てそこら中に形を成さない無数の骸が転がっていた。

 

 「神聖魔法が使える人間がいないのが残念だ」


 子供と思しき屍に目を落としながらヒルデガルトは胸の前で十字を切った。

 エリスは黙って荒れ果てた村を見つめていた。

 きっと彼女なりに思うところがあるのだろう。


 「ハルト、これは私達の守れなかった者達なのよ……。私の国では、もっと多くの者達が犠牲になったと思うの。私、国を守るような貴族になりたいって思って生きてきたけど、どこまでも無力で、それでいてちっぽけな存在なんだろうって……」


 エリスは近寄った俺の方へと泣き崩れた。

 その身体をそっと受け止め、肩を抱いてやる。


 「エリス、あまりに強い責任感は時として自分の心を殺す。俺達は聖人でも偉人でも無ければ英雄でもない。普通の人間だ、出来ることには限りがある。あまり気に病むな」


 優しく諭すように言い聞かせた。

 あるべき貴族の姿を体現しようと自分を律し、国を取り戻そうと努力するエリスの姿を傍で見ている俺は、彼女の全部を知っているわけではないが、それでもエリスのことは高潔な一人の貴族だと思っている。

 だがそれと同時に彼女はまだ自分と歳の変わらない女の子なのだ。

 あまりに自分自身に多くを望み、身を粉にすればいつかは脆くも壊れてしまう、そんな気さえした。


 「ここで死んでいった者達は、エリスが心を痛めることを望んじゃいないはずだ。彼らはきっと犠牲を無駄にせず次に繋げてくれと思っているはずだ」


 死人に口なし、彼らがどんな思いでいるかなんて分かりはしない。

 だからこれは自分が彼らの側だったのなら、という推測に過ぎない。

 でも少しはエリスの心を行き過ぎた責任感から解放する言葉にはなり得たのだろうか。


 「……そうね……、こんなところでクヨクヨしてちゃいられないわ」


 俺の腕から離れたエリスは涙を拭った。


 「そうだ、それでいい」


 垂れ込めた暗雲の下、荒廃した地平に俺は夥しい数の魔物の姿を捉えた。


 「涙を引っ込めたら仕事だ。敵は待っちゃくれないぞ?」

 「わかってるわ」


 そう言って地平を見つめたエリスの横顔にさっきまでの弱さはなかった。

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