第39話 王国からの要求

 「先程は我が国の騎士が失礼した」


 話によれば、宰相の命令により俺達のパーティを呼び出しに行くことになったらしいのだが、予想に反して流れで(?)戦闘になってしまったということらしかった。


 「そちら側の誰かがけしかけた、というわけではないのだな?」


 念には念を。

 俺の存在が勇者として召喚された一人であることは大っぴらにはされていない。

 故に勇者の以外の同等かそれ以上の実力者を快く思わない組織がいるかもしれない。

 或いは勇者を独占するイリュリアを快く思わないケルテンの人間が勇者と同等の戦力を確保するために仕組んだ可能性もある。


 「何を無礼なっ!?」


 宰相の脇に控えていた男が剣に手をかけた。


 「【神盾イージス】」


 不可侵の壁を展開し、その壁で持って抜きかけた男の剣を鞘の中へと押し込む。


 「な、なにをした……?」


 男は自分の手をまじまじと見つめた。


 「剣さえ抜かせない、それだけの実力があるとは……さすがケルベロスを討伐した冒険者だ」

 

 実力で相手を黙らせる、血を流さずにそれができた今のは最良のケースだな。


 「もっと速く抜かれていたのなら殺すことになっていたかもな」


 俺の言葉を聞いた先ほどの男は


 「ぐぬぬ……」


 と不服そうに呻き声を上げた。

 それを宰相が諭した。


 「ツェスタ、お前の敵う相手ではない。それに加え、彼らは在野の冒険者であり私が頼んで来てもらっている客人なのだ」


 どうやらこの宰相は話のわかる人物のようだな。

 そんなことを考えていると。宰相は俺たちに向き直った。


 「それはさておき未だ名乗っていなかった。私はケルテン王国宰相アルジスだ。先ほどのツェスタの無礼、重ねて詫びよう」


 俺は頷き謝罪を受け取った。


 「気にしてなどいない」

 「そう言ってもらえると助かる。それと一つ確認なのだが、貴方の横に座っていらっしゃるのはエリス公女殿下でいらっしゃいますか!?」


 アルジスは俺の右隣に座るエリスを見つめた。


 「バレてしまったわね。いつ以来かしら」


 エリスの浮かべた笑みは気品に溢れる貴族のそれ。

 俺の知る笑顔ではなかった。

 こうしてみるとやはり高い身分の人間なのだな、と思わされる。

 ひょっとして俺は、身分の高い女性を冒険者として連れ回す常識知らずというように認識されるんじゃ?


 「ご無事だったのですね」

 「なんとか無事だわ。隣のハルトに助けられてね」

 「なるほど、さすがと言うほかありませんな」


 アルジスは改めて俺に視線を向けた。

 二人が知り合いというのは予想してもなかったが、ケルテンの北に領地を持つのがシュヴェリーン公国、繋がりがあるのは何も不自然なことじゃない。


 「さて単刀直入に話したいと思うがよろしいか?」


 一応俺たちが客人という立場であることを尊重してかこちらにお伺いを立てた。


 「構わない」


 俺がそう返すとアルジスは居住まいを正した。


 「イリュリア王国が我が国の窮状を知って勇者一行を派遣して来ているのです。すでに彼らは魔族との戦争の最前線に向かってこのケルテンを出立しました。ですがこれは政治的な取引に過ぎないと我々は考えています。イリュリアは勇者を派遣することにより我々に恩を売るつもりなのでしょう。そんな最中さなか、勇者を一人でも死なすことがあれば高額な賠償金を要求されるでしょう」


 アルジスがそこまで言ったところで俺はなんとなく彼の求めるものを察した。


 「俺たちに勇者を守れと?」


 俺からすれば、あいつらに守る価値など見いだせない。


 「そ、そういうことだ。頼まれてくれないだろうか?」


 なるほど俺の答え次第で、様々な影響が及ぶということか。

 

 「俺たちに何の利益がある?」


 正直言って俺やエリス達の命を対価としてまで守る気にはなれない。

 アイツらに頼まれたとしても、虫のいい話だと一蹴してやろう。

 

 「手付金で金貨二百枚、成功報酬に金貨千枚でどうかな?」


 金か……ケルベロス討伐で金貨千五百枚という大金を得ているから当分の間は必要ない。


 「ケルベロス討伐での報酬があるから金は必要ない。他のものをくれ」

 「なら土地はどうだろうか?」


 俺達の行動が縛られるので却下だな。

 無言で頭を横に振り不必要だと返す。


 「そうだとするのなら……」


 アルジスは頭を悩ませた。


 「ねぇ、私たちの活動の後ろ楯となってもらうのはどうかしら?」

 

 アルジスに変わってエリスが代替案を提案した。

 なるほど、今度の俺達の活動においてケルテン王国が後ろ楯となるなら、正直言ってありがたい話だ。

 身元の保証のきかない在野の冒険者としてではなく国家が保証する冒険者、言わば国家公認の冒険者として活動出来る。

 さらにシュヴェリーン公国領土の奪還に際しての援助も引き出せるかもしれないとなれば、むしろこちらから頼みたいぐらいだ。


 「エリス、それは名案だな」

 

 そう言うとエリスは得意気な顔をした。


 「むぅ……それ以外に代替案が浮かばないとなればそうするしかないか……」

 

 簡単には後ろ楯を引き受けたくないのだろうアルジスは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


 「成功報酬という形でいい。後ろ楯になってくれることが勇者を守るための条件だ」


 俺にとって嫌なことを頼むのだから、王国お前らにとって嫌なことを対価とする。

 これ以上ない等条件だ。


 「……わかった。成功報酬として我々が貴方達の後ろ盾となろう」


 宰相は渋々といったふうではあったが、条件を飲んだ。


 「国王陛下に諮らなくて良いのですか!?」


 ツェスタがアルジスに言い募ったがアルジスは頷いた。


 「事後承認を頂く」


 なるほど結果で黙らせるということか。

 アルジスはエリスのようにすぐに頭が回るタイプでは無いようだが、それでも話の理解は早い。

 今後とも懇意に付き合いたいものだな。


 「早速向かおう」


 俺は立ち上がった。


 「すぐにでか!?」


 アルジスは驚いたように言った。


 「あぁ、だがその前に今すぐに用意して欲しいものがある。エリスのための錫杖とヒルデガルトのための魔剣だ」


 相手はおそらく多数の魔物や魔族。

 継戦能力をあげるためには良質な装備が必要だ。


 「いや、しかし用意するとなると時間が……」

 「国庫に何かしらあるだろう?」


 そちらが事後承認だと言うのならこちらは事後要求だ。

 国家間の外交的危機を前に、俺達に武器を与えるくらい些細な問題だろう?

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