第34話 オスターヴィッツの古城にて③

 「やべぇ雰囲気するな」

 「俺達が助けに行くべきなんじゃないか?」

 「でも相手はオーガっしょ?ないない、私達が相手するような魔物じゃないじゃん」


 ケルテン救援のために派遣された勇者パーティは、オスターヴィッツの古城の麓を通る街道を北へと向かっていた。


 「はぁ……」


 口々に、やれ助けるだの助けないだのと言葉を交わす勇者達を見て、このパーティを率いるオルテリーゼはため息をついた。


 「ミノタウロス討伐ですっかり調子に乗ってしまっていますね」


 そんな王女に声をかけたのは勇者パーティに在籍する治癒魔法に特化した『魔術師メイジ』の神崎詩織だった。


 「失礼ですが貴方は違うのですか?」


 オルテリーゼは見向きもせずに訊いた。


 「少しは魔物の種類や驚異などは文献から学んだつもりです。ミノタウロスなんて脅威度は高くないってことくらいは分かっています」


 勇者の少女は無力差に唇を噛んだ。


 「貴方のような人はきっと稀でしょうね。召喚された勇者たちは自分達への特別扱いに優越感すら抱き自分から学ぶ姿勢など忘れてしまっていますわ」

 

 オルテリーゼはオスターヴィッツの古城に視線を向けた。


 「王国の影の者達に聞いたところによれば、今あのオスターヴィッツの古城で戦闘をしている者達はケルベロスを討伐したパーティだそうです。今のままでは、勇者パーティが束になって彼らに挑んでも負けることになると思いますわ」


 オルテリーゼは辟易としていた。

 自分の召喚した勇者達が存外使えず、いつまでたっても切り札とは言えず勇者とは名ばかり。

 だが政治は、そんな事実を許容せずケルテン王国に恩を売るために自分よりも権力を持った兄の鶴の一声で派遣させられる始末。

 こんな勇者の体たらくが他国に露見すれば恥晒しもいいところだとオルテリーゼは、魔族との戦闘の前線に向かう道すがら頭を痛めていた。


 「クラスメイトとして情けない限りです」


 詩織は沈痛な面持ちでそう言うことしか出来なかった。


 「魔物の脅威を知る貴方から彼らに何かはたらきかけて貰えませんの?」


 そんな詩織の顔をオルテリーゼは覗き込む。


 「私は…私は……春人君の居場所を奪ったクラスメイトのことなどどうでもいいんです。この世界で野垂れ死んでしまおうが関係ない。の大切な幼馴染はもういないんですから」


 瞳には後悔の色を浮かべ、笑顔を忘れてしまった少女の表情は虚ろだった。


 「そう……貴方はこの世界に生きる意味を見失っているのですね」


 オルテリーゼはますます重たいため息をつくのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「おいおい、だいぶ知恵が回るらしいな」

 「なんという非道な真似をッ!」


 並み居るオーガ達をかき分け出てきたのは錫杖を持った二体のオーガだった。

 錫杖と言えば魔法を使える職業を想像させるが、そのオーガは盾を片手に持っていた。

 その盾を見た瞬間、俺たちは思わず攻撃の手を止めてしまった。

 あろうことか彼らの盾には服をひん剥かれた女性冒険者が縄で括り付けられていた。

 しかもよく見てみれば、その胸はうっすらと上下しているのだ。


 「まだ生きているわ!」


 殴打されあらぬ方向にひしゃげた腕や足が痛々しげで身体中に傷があった。


 「なるほど肉の盾か。誰に教わったか知らんが随分と悪逆な知恵が回るらしい」


 目を背けたくなる肉壁。

 盾に縛りつけられているのは、きっと調査に赴いた銅等級の冒険者なのだろう。

 目は光を失い既に生気はない。

 

 「エリス、お前の治癒魔法でどうにかなりそうか?」


 隣にいるエリスに訊くが、エリスは静かに首を横に振った。

 肉壁を俺達へと突き出したオーガは醜悪な表情を浮かべている。

 

 「して……殺して……」


 右側のオーガの盾に縛り付けられた女性から微かに漏れる声。

 ヒルデガルトはそれを聞いたのか、判断を仰ぐような目を俺に向けた。

 女性は既にどういうわけか皮膚の色が変わり始めており、人ならざるものの気配が濃厚だった。


 「人であるうちに楽にしてやることしか俺達には出来ない」


 すでに蘇生レナトゥスを行使したところで人間として蘇生させることが不可能かのは火を見るより明らかだった。


 「分かった。私にやらせてくれ」


 俺の言葉にヒルデガルトは頷くと剣を女性へと突きつけた。


 「お前達を今から介錯する」


 静かにそう言ったヒルデガルトに、縛り付けられた二人の瀕死の女性は微かに微笑み、涙を流した。


 「ありが……とう……」

 「やっと……楽になれる……」


 ヒルデガルトの剣が閃き、女性はガックリと項垂れた。

 流れた血の色は赤、人としての最後を迎えたのはせめてもの救いか……。

 その日俺達は、やり場のない気持ちを叩きつけるかの如くオーガ達をひたすら蹂躙した。

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