第31話 ヘルメスとシレーナ

 「本当に良かったのかしら?」

 

 オスターヴィッツの崩れかけた城壁の上、道化師のような格好の少年とつづまやかな色合いの服に身を包む女性とが言葉を交わしていた。


 「天命の柘榴のことかい?」


 異世界から召喚された勇者の少女に食べさせたものと同じ柘榴を玩ぶ少年は遊戯を司る神、名をヘルメスといった。

 

 「あまり良い名前のセンスではないわ」

 「僕が付けたんだけど?」

 「なら尚更よ」

 「シレーナは辛辣だなぁ〜」


 ヘルメスにとっては他人の運命など遊戯の駒でしかなく、それを咎めるシレーナにとってもまた心底どうでもいいものだった。


 「こんなに魔族の側に加担していていいわけ?」

 「遊ぶこと即ち僕の秩序さ。それに人族の側には規格外の化け物がいるからね。これくらいで丁度いいんだよ」


 ヘルメスは眼下を縫うように進む街道を見つめた。

 旧シュヴェリーン公国とケルテン王国との国境が魔族と人族の最前線であり、ヘルメスの目的はオーガによる人族の戦線の後方撹乱だった。


 「ならオーガも無駄になるんじゃない?」

 「それがそうでもないんだ。戦闘経験を積ませて名声を高めて祭り上げさせ、いづれは魔王と戦わせる。最高の遊戯じゃない?」


 ヘルメスは楽しそうに無邪気な笑みを浮かべた。


 「そう上手くはいかないんじゃないの?気付いてるでしょう?」


 シレーナは、遠くに規格外の少年の姿を見ただけでその存在に気付いていた。


 「私達と同じ側の匂いがするってことに」 

 「どの秩序かはわからないけど神族が肩入れしてるっていうのが尚更面白いよね」


 シレーナは危機感を抱いていたが、ヘルメスにはそんな感情は微塵もなく、ただただ楽しそうに笑うだけだった。


 「まぁいいわ。貴方との約束は果たしたから、火の粉を被らないうちに退散するわ」


 シレーナは、そう言い残すと姿を消した。

 

 「僕も存在は露見したくないからね。後は高みの見物かな」


 少年もまた同じように天界へと帰っていくのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「やっと着いたな」


 王都クラーゲンフルトから街道沿いに半日、街道に沿って流れる川が形成した河岸段丘の上にオスターヴィッツの古城は聳えていた。


 「なんだか雰囲気が凄いわね」


 禍々しく重々しい空気が辺り一帯に立ち込めている。

 おまけに今にも雨が降り出しそうな空模様が雰囲気の演出に一役買っていた。


 「正直言って行きたいくないな」


 ヒルデガルトはそんなことを言いつつも得物の剣を抜いた。


 「怖いのです〜」


 コルネリアは俯きながらチラチラと視線だけを古城へと向けていた。

 だが恐怖を振り払うようにふるふると頭を横に振ると外套からダガーを二本取り出した。


 「依頼を受けた以上は、達成して帰るのが絶対だ。コルネリアは私の傍を離れるなよ?」


 ヒルデガルトが、これが冒険者デビューとなるコルネリアに声をかけた。


 「はい、なのです!」


 どこで覚えたのかコルネリアは耳をピンと立てながら敬礼してみせた。

 庇護欲をそそられる愛らしい姿に思わず、兄として守らなければ!と思わされた。

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