第28話 可愛さの暴力
「悪いがしばらくの間、宿を取りたい」
ケルテン王国における活動の拠点となる王都クラーゲンフルトにおける宿の確保、それが先決だ。
「あいにく部屋は空いてないさね」
受付の老婆に聞くと、にべもなく断られた。
だが、その目は俺達を試すような目をしていた。
なるほどそういうことか……。
「こういう宿泊施設には、予想外の来客に備えて空き部屋があるものと思うが?価格の交渉もやぶさかではないし、二週間以上の宿泊は約束する」
幸いにして金は暫く遊んで暮らせるくらいはある。
足元を見られて高額を払わされるのは予想外ではあったが。
「そういう手合いの客なら話は別だ。二人部屋を二つでどうさね?」
老婆は目の色を変えた。
「それで構わない。三人部屋と一人部屋でもいいが?」
「空きがないのさ」
「なら二人部屋を二つで頼む」
「朝飯と湯桶を人数ずつだと一泊で銀貨二枚、二週間で銀貨二十八枚でどうだいね?」
貼り紙を見るに通常なら二人部屋一泊で銅貨七枚と言ったところだ。
「銅貨三枚分の上乗せというわけだが、その理由は?」
そう尋ねると老婆はニヤリと口元を吊り上げた。
「二階の一番奥の部屋は壁が他より厚いのさ。そう言えばどういうことかわかるだろう?」
老婆は、エリスやヒルデガルト、コルネリアを順に見た。
そういうことか……。
つまりはアレだ、多少は声を出しても大丈夫!とまぁ、そんなところなのだろう。
「いらん気使いだな」
意味に気付いたのか顔を赤らめた三人を尻目に俺は老婆に言った。
「ならば、これで決定じゃな!」
俺は老婆に金貨三枚を手渡し、釣りの銀貨二枚を受け取った。
「何でそのまま部屋を借りるのよ!?まるで私と、そ、その……ハルトがこれから男女の営みをするみたいじゃないっ!?」
エリスは二階に続く階段を上りながら俺に文句を言った。
「この場合の飛び込み客というのは、店にとっての要人という側面も持つ。ということは部屋の内装が他とは違うということだ。あの老婆、足元を見たようで案外そうでは無いのかもしれないな」
「客を選別している、ということか?」
ヒルデガルトは俺の言いたいことを察してくれたらしかった。
「エリスとヒルデガルトの所作は貴族のそれだしな。泊める客としては問題を起こさなそうな良客と判断したんだろう」
そんなことを話しているうちに俺達は部屋の前についた。
「通りを挟んで右と左、部屋割りは……って聞くまでもないな」
普通に考えればエリスとヒルデガルトは主従で一部屋、俺とコルネリアで一部屋だろう。
「コルネリア、俺と同じ部屋だがいいか?」
これで拒まれたら不本意だが、廊下で寝るとするか……。
「命の恩人であるお兄ちゃんとなら、問題ないのです!」
コルネリアは嬉しそうに言った。
だがちょっと待て、コルネリアは俺の事を何と呼んだ……?
「「「お兄ちゃん!?」」」
俺とエリス、ヒルデガルトの声がハモる。
「ダメ……ですか?」
ケモ耳をヘタッと倒して可愛らしく小首を傾げるコルネリア。
なんという可愛さの暴力!?
「私にこんなにも優しくしてくれたのは、私を拾ってくれた三人と、実のお兄ちゃん以外にいないのです。だから……その……二人のことはお姉ちゃんと呼んでもいいですか?」
「「お姉ちゃん!?」」
エリスとヒルデガルトが鼻血を噴いて卒倒した。
「お兄ちゃん……いい響きだな!」
元いた世界では俺に妹はいなかったので、凄く新鮮な響きだ。
そして、頼られてる感じと親しみのこもっている感じが何とも言えない素晴らしさ!
俺は何となくコルネリアの頭を撫でてみた。
「えへへ〜」
するとだらしない声を漏らしながら、コルネリアは耳をぴんこしゃんこさせ、フサフサな尻尾を動かした。
「ねぇコルネリア」
鼻を袖で拭いながら立ち上がったエリスは、コルネリアに声をかける。
「なぁに?お姉ちゃん!」
コルネリアが満面の笑みを浮かべてエリスを見つめ返す。
「ギャフン!」
その尊さにエリスはまたしても倒れるのだった。
「ヒルデガルト、エリスを部屋に運んでってくれ」
これ以上は他の客の迷惑にもなりかねないからな。
俺は一旦、部屋に入ることにした。
「それはもちろん。だが、一つ約束をしてくれ」
真面目くさった顔でヒルデガルトは俺に言った。
「何をだ?」
「私の妹に間違っても手は出すなよ?」
ヒルデガルトは片手を剣の柄にかけ、凄みをきかせた。
忠義の騎士もコルネリアの可愛さには抗えなかったか……。
「約束する」
決してコルネリア相手に間違いは起こすまいぞと俺は固く決意を固めたのだった――――。
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