第26話 変わらない本質

 「俺達もだいぶ強くなったな!」


 召喚された勇者からケルテン遠征のために選抜された二十人のリーダーとなった天童くんが、全員で倒したミノタウロスを剣先で小突きながら言った。


 「当たり前じゃん!二ヶ月も迷宮で鍛錬してたんだから!」


 自身達よりも遥に巨大であるミノタウロスの撃破にクラスメイト達は浮かれていた。


 「おいおい詩織、あんなにデカいミノタウロス倒したってのに何うかない顔してんだ?」

 

 私のそばまで近寄ってきた相澤くんが私の肩に手を置くと、その手を私は払った。


 「気安く触らないで!」

 「チッ……心配してやったっつーのによ!」


 興醒めだ、とでも言いたげに相澤くんは私のそばを離れた。

 この二か月間、私は訓練の後に時間を作って王立図書館に足繁く通った。

 ちっともこの世界を知らない私がこの世界を少しでも理解するために。

 魔族とは何なのか、魔物にはどんな種類がいて何が有効打となるのか、毒の種類に対しての最適な回復魔法とは等、知見を広げてきたつもりだった。

 もちろん原動力は、春人くんを失ってしまった悲しみにある。

 いつか再び大事なものが出来たとき、もう二度と失うことがないように――――。

 でもだからこそ、クラスメイト達のように喜べないのだった。 

 何故ならミノタウロスは魔物の中でも中位種であり、ミノタウロスよりも強い魔物は数多くいるからだ。

 ミノタウロスを討伐したくらいで喜んでいては、魔王討伐など絵空事でしかない。


 「詩織ー、ツンケンしすぎるのは良くないんじゃない?」


 相澤と入れ替わりでやってきた胡桃の言葉に私はハッとさせられた。


 「ごめん」


 すぐにそう謝ったがそれっきり、私は口を噤んだ。


 ◆❖◇◇❖◆


 「【転移便利な魔法】使えなかったの?」


 三日間の乗馬で筋肉痛になった太腿を揉みほぐしながらエリスは不満そうに言った。


 「確かに便利だが一度来た場所じゃないと使えないという難点がある」


 創造神エステルが行ったことのある場所なら、と思って一応【転移ポータル】を試してみたがどうやら俺自身が言った場所じゃないと使えないらしかった。


 「ふーん、まぁでも今日は柔らかな寝床で寝れるから問題ないわね」


 よっぽど嬉しいのか、エリスは目を爛々とさせた。

 もっとも、つい先日まで貴族令嬢だった彼女からすれば野宿で我慢し続けるのも無理からぬ話なのだろう。

 かく言う俺もそろそろベッドが恋しくなってきていた。

 ついでにゲームも……。


 「って、ハルト!あれを見てっ!」


 何かに気づいたのかエリスは指をさした。

 その方向に目をやると人だかりが出来ていた。

 見覚えのある軍装の兵士達、俺はある種の予感がして外套のフードを目深に被る。


 「助けて!痛いのは嫌ぁぁっ!」


 聞こえてくる悲鳴は幼い少女のものに聞こえた。


 「ハルト、助けましょ!」

 「私も行こう」


 旅の疲労はどこへやら、二人はそう言って走り出した。


 「あんまり関わり合いになりたくは無いんだがな……」


 俺も仕方なく二人の背中を追いかけることにした。

 無理やり人だかりをかき分けて地面にへたり込むボロボロの少女と兵士との間に割って入った。


 「貴方達、何をやっているの!?」

 

 早速エリスが啖呵をきった。


 「なに、オルテリーゼ様と栄えある勇者様方と進路を邪魔するものがいたので咎めているのですよ」


 悪びれもせず隊長格の兵士が言った。

 やはりか……。

 想像した通りの連中が問題を起こしていたらしかった。

 兵士は勇者クラスメイトやオルテリーゼの護衛といったところだろう。


 「いたいけない少女に向かって【拘束バインド】を使い、その上で嬲るとは随分と大人気ないのね」

 「お前も拘束してやろうか?」


 男は下卑た表情を浮かべて詠唱を口にしようとしたそのとき、ヒルデガルトが目にも止まらぬ速さでその喉元に剣先を突きつけた。

 この二ヶ月間で、ヒルデガルトの剣は大分鋭さが増している。


 「お、お前たち囲め!コイツらも邪魔者だ!」


 男があらん限りの声で叫ぶ。

 するとイリュリア兵達が俺たちを囲んだ。

 

 「ヒルデガルト、その男を黙らせろ」

 「目障りだったからな、その言葉を待っていた」

 

 ヒルデガルトは容赦なく男を蹴飛ばすと剣の側面で鋭く打ち据えた。


 「ぬぐぁっ!」

 

 あまりの痛みに悶絶する男に対してヒルデガルトは、


 「その程度では死なんよ」


 と、興味無さそうに言った。


 「「大いなる火は我らを守りて忌敵を燃―――――」」


 兵達に混じる数人の『魔術師メイジ』達が詠唱を始めた。

 こんな街中で実力行使をするのか……他国だからどうでもいい、おそらくはそういうことなのだろう。


 「【神盾イージス】」


 相手の詠唱が完了するよりも前に防御魔法を全周展開する。

 

 「立てるか?」

 

 俺はうずくまる少女に声をかけた。

 シクラメンを思わせる髪色に狼のような耳、少女は獣人だった。

 俺の問いかけに対して少女は、足を抑えるとふるふると頭を横に振った。

 

 「そうかなら、俺の背中に掴まれ」


 立てないという少女に一苦労ではあるが背中に背負うことにした。


 「なぜ、これほどの攻撃に耐える!?」


 イリュリアの『魔術師メイジ』達は、ありえないとでも言いたげにこちらを見た。


 「守るものが違う、そういうことだ」

 「ど……どういう意味だ!?我々は魔物から民を守っている!」


 兵士の一人がそんなことをぬかした。


 「こんな少女に暴力を振るっているお前らが民を守っているだと?巫山戯ふざけるのもいい加減にしろよ!!勇者も勇者だな!守るべき民の一人が辛い目に会っているのにも関わらず何の行動も起こさない。弱い者虐めを傍観してるだけなら、勇者など辞めちまえ」


 エリスに拡声魔法を使って周囲に聞こえるように言った。

 かく言う俺も関わりたくないと思った時点で傍観者と変わりないのだろうとは思ったが、それでもエリスやヒルデガルトは行動を起こした。

 二人の方がよっぽど勇者たちよりも勇者に相応しいとすら思う。

 

 「珍しく感情を露にしているな」


 ヒルデガルトが俺を見つめた。


 「これぐらい言ってやらないと気が済まない相手でな」


 俺を無能だと罵った連中は異世界こっちに来てもそのままで、その他の傍観者クラスメイトも傍観者のまま。

 何も変わっちゃいなかった。


 「そろそろ行こう」


 俺は二人に手を差し出した。

 エリスとヒルデガルトがその手をとったのを確認して――――


 「【転移ポータル】」


 喧騒とは少し離れた場所へ移動した。

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