第21話 余興

 「ごめんハルト、私もう魔力が残り少ないわ!」


 ひっきりなしに湧き出てくる魔物に魔法を行使し続けていたエリスはその場に倒れるようにして膝を折った。


 「そんなに無理すんなよ」

 「私が…おんぶにだっこの貴族令嬢……とは違うって…ところを見せたかったの」


 息も絶え絶えエリスは俺を見た。


 「最初からそんなふうに思ったりはしてない」


 行動を共にしている間に見たエリスの姿は俺の思い描いていた貴族令嬢とはかけ離れたものだった。

 割となんでも自分でこなしてしまうし、自ら戦っている。

 もっとも俺はエリス以外の貴族令嬢を知らないから一概にどうとは言えないが。


 「立派な貴族様だな」


 湧き出る魔物を見据えながらキェルケもエリスを称揚した。


 「キェルケ、後どれだけ戦える?」


 だが戦況で見れば俺達は不利へと傾き始めていた。

 エリスの脱落で単純戦力は三分の二になってしまったのだ。

 となれば気になるのはキェルケの限界だ。

 

 「魔力消費を抑えちゃいるが、この調子だとそう長くは耐えられねぇ!」

 

 咥えていた煙草を吐き捨ててそう口にしたキェルケは、何の進捗もない状況への苛立ちを露にした。


 「そうか」


 確かにこの十数分の間、目の前の光景は何も変わっていないのだから苛立つのは仕方ないことだろう。

 それからさらに十分近く、互いが詠唱を唱える声だけが周囲に響いた。


 「悪いがアタシもここでしまいみたいだ」


 キェルケが最後の攻撃魔法を放つと疲れきった顔で俺を見た。


 「お疲れさん。おかげで終わりが見えてきた」


 無限とも思われた魔物の湧出は、収まりつつあった。


 「にしてもお前の魔力は底なしか?」

 「いや、そろそろ底が見えそうだ」


 俺は特殊体質持ちだがあくまでも人間でしかない。

 では創造神エステルに貰った膨大な魔力を使いこなせていないのだ。


 「ヒルデガルト、カバーを頼む!」

 「任された!」

 

 ヒルデガルトはマクタリーナの張った防御魔法の内側で剣を油断なく構えた。

 そして瞬く間に接近した魔物を三匹仕留めて見せた。

 俺は魔力消費の激しい【獄牙制滅スプレシオ】の行使をめることにした。


 「【光芒壊矢サジタリウス】」


 弾幕を張るのではなく、どちらかと言えば狙撃に近い魔法。

 神経を尖らせ魔法の行方、すなわち複数体の攻撃対象の姿を確実に目で捉える。

 五匹の魔物を同数の閃光が撃ち抜いた。

 この魔法は誘導式なので前方で魔物と斬り合うヒルデガルトを誤射する心配はない。

 ただし、非常に集中力を求められる魔法だった。

 三回目の詠唱をして手頃な魔物三匹を捉える。

 おそらくこれで終わりになりそうだな。

 俺が倒した三匹を除いて残りの二匹をヒルデガルトが仕留めていた。


 「終わりだ」


 ヒルデガルトは周囲の状況を確認してからそう言うと剣を鞘へと戻した。

 

 「見事な連携でしたね」


 マクタリーナは防御魔法を解くと俺達を見て言った。


 「アタシは久しぶりの全力行使だったぜ」


 キェルケは、錫杖を杖が割にして立ち上がった。

 だがそれは俺達にとって危険な油断でしか無かった。

 頭上に高い魔力反応を確認した俺は、咄嗟に叫んだ。


 「【神盾イージス】!」


 構築された不可侵の壁が不意の攻撃を無効化した。

 チッ、さっきまでので終わりじゃ無かったのかよ!?


 「余興は楽しめたか?」

 

 拡声の魔法なのか男の声が辺りに響き渡る。

 声の発生源を探して視線を周囲に走らせると空中に額から一本の角を生やす男を視界に捉えた。


 「今のはお前か?」

 「そうとも、驚いたろう?」


 男はニヤリと笑う。

 そして言った。


 「上を見てみろ」


 そう言われて初めて太陽の光が遮られていることに気付いた。

 その物体は、どんどんとこちらに近付いてくる。


 「皆、散開しろ!潰されるぞ!」


 この重量は【神盾イージス】では耐えられないっ!

 圧倒的質量を前にまたしても俺は叫んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る