第18話 魔獣海嘯

 「どういうことだ……野生動物すらいないだと!?」


 アルヴィアーナのギルドではプシェミスルよりもたらされた報告が疑問を呼んでいた。

 レチュギア迷宮周辺の山では魔物が爆発的に増え野生動物が数を減らしているという。

 はっきりとした情報がないのは、山へ調査に向かうと帰って来れないからだった。


 「過去の資料を漁ってみたが、一つ気になる記述があってだな」


 アッルヴィアーナ地域を含むクラニスカ地方のギルド管区長を務めるテュルクは前置きを置くと紙束を机の上へと置いた。


 「これは大厄災とも呼ばれた数百年前の記録でな、といってもその始まりの事象に過ぎんわけだが……山から野生動物が消え魔物が爆発的に増えたという記録があるのだ」


 大厄災とは神族と人族と魔族の大戦の引鉄となった大災害のことで、当時緊張関係にあった人族と魔族、その双方の領土に大量の魔物が湧き出たとされている。

 別名は魔獣海嘯ビースト・ウェーブ、数多くの魔物が山津波の如く押し寄せたことからその名が付いたとされている。

 

 「テュルク殿は、まさかあの悪夢の再来と考えているのですかな?」


 一番事態を楽観的に捉えているのはプシェミスル領主のオタカル伯爵だった。

 

 「記録がそれを示すならそれを疑うのが我らの勤めですゆえ。迷宮の一帯はしばらくの間、立ち入りを禁止するのが良いでしょうな」


 テュルクは、冒険者を守るため提案を口にした。


 「まぁ好きにするといいですよ」


 だがオタカルはその提案を蹴った。

 レチュギア迷宮は、オタカル伯爵にとっては主要な財源の一つだった。

 例えば魔獣を討伐した際に得られる魔核や素材の換金では、オタカル伯爵の取り分を除いた額が討伐者に支払われている。


 「私は私で入場料を支払わせてでも迷宮は財源として活用させてもらう」


 オタカルは、さもそれが当然であるとばかりに言った。


 「いえ、迷宮への立ち入りは遠慮願います」


 迷宮もまた魔物の発生ポイントである以上、魔獣海嘯ビースト・ウェーブの発生源になる可能性も考えられた。


 「それでは私の領地が干上がってしまう」


 居合わせた者達は、干上がるのはお前の懐具合だろうとオタカルの太ましい身体を見て思った。


 「ならば、最近噂に聞く腕の立つ冒険者とやらを迷宮の管理につけたらどうだ!?」


 ギルドの人間は魔獣海嘯ビースト・ウェーブを前に数人の冒険者で何ができようかと思ったがオタカルにとってそんなことはどうでもいいことだった。


 「それは無理でしょう」


 アルヴィアーナの女性ギルド長、マクタリーナは即座に否定した。

 マクタリーナとしては、自分のギルドに所属する冒険者を可能な限り危険に晒したくないという思惑があった。


 「チッ……平民風情がこの俺に盾突くのだな!?」


 オタカルは歯軋りと共にそんなことを言うと立ち上がった。


 「ギルドがこうも腰抜けだとは思わなかった。そうであるならば我々の好きにさせてもらおう!」


 踵を返して部屋を出るオタカルの背中にマクタリーナは毅然として言い放つ。


 「そんなに迷宮が大事なのならご自分で守ればよろしい!」


 魔獣海嘯ビースト・ウェーブの可能性が浮上するなか、どうにか設けた領主を混じえての対策会議だったがそれは、余りにも意味を成さないものだった。

 テュルクやマクタリーナなど、ギルドの要職に就くもの達は冷ややかな視線でたいしつしていくオタカルの背中を見送った。


 「我々も好き勝手させて頂きましょう」

 

 マクタリーナは決然として言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る