第十四話 違和感

 「――――ということがあってだな」


 俺は二人に出発前のことを話した。


 「それでムカついて【転移ポータル】でレチュギア迷宮の入口まで来ちゃったって……ハルトにも幼いところがあるのね」


 エリスは苦笑いした。

 

 「でもよく考えたら今からアイツらが来るまでだいぶ時間があるんだよな……」


 向こうは数時間かけて馬でやってくる。

 ところが俺達はそんな目的地にものの数秒で着いてしまったのだ。


 「どうすんのよ。あまりにも時間がありすぎるわ」

 「とりあえず、落ち着ける空間を作るか」


 想像するのは、快適に過ごせる居住空間。

 適温で過ごしやすく、ベッドも浴室もあって食糧も娯楽も十分なニート垂涎の空間。

 

 †意思を持ち生きとし生けるもの全てを堕落せしむる楽園、無為徒食ヒキニート


 視界に映った白い文字に俺は空いた口が塞がらなかった。

 なんつー酷い詠唱だよ……。

 『無為徒食ヒキニート』……確かに意味はさして変わらないだろうが『無為徒食ヒキニート』とかいうふざけた魔法で作った空間に入るとか俺までヒキニートになったみたいだ。

 まぁでも、うんこ製造機とかじゃないだけマシだな。


 「意思を持ち生きとし生けるもの全てを堕落せしむる楽園、無為徒食ヒキニート


 地面が激しく鳴動しレチュギア迷宮の入り口の脇に似つかわしくない南国風の大きな建物が現れた。

 打ち寄せる波の音、風に揺らぐヤシの木、裸足を暑く焦がす砂浜。

 それが建物の庭の中に収まっているのだ。


 「快☆適☆!」


 ラウンジチェアに腰をかけて目を瞑れば楽園そのもの。

 もうここから動きたくないと思う空間がそこにはあった。

 さすがは『無為徒食ヒキニート』。

 簡単に人を堕落させてくれる。

 

 「これはいいわ。どういう原理かわかんないけど」

 「剣を置いてここで骨を埋めるのもいいかもしれん」


 エリスとヒルデガルトも一緒になって堕落していた。

 ってか、堅い人ってイメージしか無かったヒルデガルトが剣の道を辞めるとか言ってるし……。

 俺たちの中で一番の堅物が一番堕落適性が高かったらしい。


 ◆❖◇◇❖◆


 「馬鹿な……ッ!?なんで君達の方が早くついている!?」


 アーネストは理解出来ないといったような表情で俺達を見た。


 「だから言ったろ?お前よりも俺の方が早く着くってな」

 

 そう言ってやるとアーネストは腰の剣に手をかけた。

 それと同時に微かな魔力が発せられた。


 「さては貴様、怪しげな魔法を使う魔族の手先かな?」

 「自分が見たことも無い魔法を使ったからといって魔族の決めつける、なんとも浅はかな考えだ」


 ヒルデガルトがアーネストの動きに合わせて剣を抜いた。


 「僕がこの剣を抜けば君たちは確実に死ぬ。それでもいいのかい?」


 アーネストは、こめかみに青筋を浮かべながらそれでも余裕ぶった口調で話しかけてくる。


 「好きにしろ、抜けるのならな」

 

 アーネストが仲間に対して剣を振るったということになれば、信用はガタ落ちなのだから抜くにも抜けないだろう。

 アーネストが自身のパーティメンバーに対して口封じをしたところで、ここにはキェルケもいる。

 キェルケはアーネストと同じパーティではないから、黙っていろと言われたところで従う道理もない。


 「お前らその辺で止めとけ」

 

 キェルケが俺達とアーネスト達との間に割って入った。


 「そうだね、強敵を前に仲間割れなんてしてるようでは依頼を達成するのにも先が思いやられるよ」


 アーネストは、まるで俺のせいにするかのように言った。


 「正直言って気分が悪いな。喧嘩をふっかけてきたのはそっちだろうが」


 エリスとヒルデガルトは、黙っているが思っていることは同じはずだった。


 「ガキ風情が大人に舐めた口を聞くのは、ちょっとどうかと思うな」


 俺に喧嘩をふっかけてきただけではなく、出発前には体調を崩したエリスのことを馬鹿にしていた。

 

 「ガキ風情だからね、その辺の道理はわかんないんだよ。キェルケには申し訳ないが俺達はここで降りさせてもらう」

 「そうやって逃げるつもりかい?」

 「逃げはしない、俺達は俺達で独力でこの調査を行うだけだ」

 「そうかい、ならせいぜい後ろで見てるといい」


 アーネストは鼻で笑った。

 キェルケはため息混じりに何か言いたそうな視線を送ってくるが、それには苦笑いで応じておいた。

 

 「すまん、またもや俺が大人気おとなげなかったらしい」


 エリスとヒルデガルトに勝手にアーネスト達との同行を拒否したことを詫びる。


 「あんな奴と同行なんてこっちから願い下げよ!」

 「他のパーティとでは私達の力量が分からなくなるだろうから、これが最善の選択だ」


 俺に怒るかと思ったら二人とも同行の拒否には肯定的だった。


 「そしてもう一つ、俺はアーネストという男に違和感を覚えた」


 同行を拒否した本当の理由は、どちらかと言えばこっちなのだ。


 「え、どういうこと?」


 これは俺もエステルの記憶を読み漁らなければ気付かなかっただろうことだが……。


 「常識的に考えて、精鋭の領軍と金等級の冒険者七人が消えた調査を寄せ集めの冒険者七人、しかもそのうち白等級が三人の状態で引き継ごうと思うか?」

 

 エリスとヒルデガルトは、何かに気付いたのかハッとしたような顔になった。

 だが俺の言いたいことに対しては何処かまだ懐疑的だった。


 「でももしかしたら正義感が強いだけかもしれないわ!」

 「正義感で命を捨てられる人間だったら金等級なんかには到達できてないな」


 冷静に状況を判断し、どこまでも冷徹で利己的、そして打算的でなければ届かないだろう等級が金等級だ。

 彼らの強さは、個々の強さはもとよりそれまでの多大な犠牲の上に成り立っている。


 「そしてあいつが剣に手をかけたとき、微かに立ち上がった魔力は人間のものじゃない。そもそも職業が『剣士フェンサー』ならどうして魔力を纏える?」


 俺の、すなわちエステルの知る限りにおいて『魔剣士』などという職業は人族にも魔族にも存在しない。


 「ということは二つの根源があるとハルトは言いたいのか?」


 ヒルデガルトが俺の言いたいことを察したらしかった。

 にわかに信じ難いがそれがおそらく答えなのだろう。


 「『剣士フェンサー』の職業をもつアーネストの根源に『魔術師メイジ』の職業を持つ魔族が乗り移っていると考えるのが妥当だ」

 

 あくまでも推測の域を出ないがな。

 ちなみに俺らを馬鹿にしていたのはアーネスト本来の人格だ。

 というのも彼のパーティメンバーは彼の言動になんの違和感も抱いていなかった。


 「恐ろしいわね……魔族には人を乗っ取ることが出来るだなんて……」


 エリスは魔族に支配されてしまった祖国のある北の方角を見つめて言った。

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