第十二話 近づく脅威

 「一歩たりともエリス様には近づけん!」


 イリュリア王国の北の隣国、プシェミスル南方山嶺に位置するレチュギア迷宮、それが俺達のいる場所だった。

 第三階層まで来たのだが、一度として俺やエリスが魔法を使うことはなかった。


 「まだまだぁッ!」


 そう、ヒルデガルトが襲ってくる魔物を全て一人で狩っていたのだ。


 「当分は出番ないわね」


 呆れ混じりに言ったエリスは、短剣を抜くと横たわる魔物の魔核の回収をし始めた。


 「取り出したのは私に預けてくれれば空間収納魔法でしまうわ」

 「助かる」

 

 早速、解体バラした子鬼ゴブリンの魔核をエリスが詠唱とともに展開した収納魔法の魔法陣へと投げ込む。

 ちなみに俺も似たようなものは使える。

 その名も次元牢獄デスモーテリオン

 空間魔法と言っても対象物を別次元へ閉じ込める魔法で、魔力の消費量を考えれば魔物の魔核のに使っていては割りに合わない魔法なのだ。


 「ヒルデがこのペースで狩りを続けていくと、とてもじゃないけど毛皮の下処理なんかやってらんないわね」


 すでに迷宮の通路は、ヒルデガルトが斬り捨てた魔物があちこちに散乱しており二人がかりで行っている魔核の回収すら追いついていない有様なのだ


 「ヒルデ、もう少し速度落としてくんない!?」


 エリスが先を行くヒルデへと叫ぶ。


 「すみません、遠くてエリス様が何を仰っているのかわかんないです!!」


 暗い通路煌めく白刃はますます加速していく。

 絶対わかった上でやってるだろ……。


 「ねえ、あれほんとに聞こえてないと思う?」

 「聞こえてるな」

 「だよね……」


 俺とエリスは二人してため息を吐くのだった。


◆❖◇◇❖◆


 「これ、人かしら……?」


 十三階層まで到達した俺たちの前に広がっていた光景は目を覆いたくなるほどに惨憺たるものだった。


 「装備の数から言えば五人といったところだな」


 首から、あるいは首だった何かにぶら下がるギルドカードを俺は回収した。

 通路に転がる肉塊、壁には飛び散る鮮血と鋭い何かが突き立った痕跡。


 「『神官プリースト』でも連れてくればよかったわね……」


 異世界から来た俺にはショッキングな光景だったが、エリスとヒルデガルトの二人は目を逸らそうとしなかった。

 それどころか脳裏に刻むほどに見つめていた。


 「私たちも失敗すればこうなるのね」


 覚悟を決めた二人は、自分に言い聞かせるように見つめていたということなのだろう。


 「この遺体、どうなるんだ?」


 言うなれば迷宮に溶けかかっているような状態だ。

 これほど欠損が酷いと次元牢獄で持ち帰ることは難しいだろう。


 「彼らはこの迷宮に取り込まれてその一部になるのよ」

 「一説によれば取り込まれた後にその根源はどういう原理かはわからないが迷宮に出現する魔物になると言われているな。というのも魔核を取り出した際に知らない人間の記憶を見ることもあるらしい」


 エリスとヒルデガルトが説明してくれた。

 仮に人間の記憶が臨死の記憶なのだとしたらトラウマだろうな。


 「つまりは、この遺体を蘇生させれば魔物の発生は防げるということなのか?」

 「根源が魔物になるという説が正しいのなら、という前提条件付きだがな?根源の数だけ魔物の発生は防げるだろう」


 どれほどの時を経て根源が魔核となり魔物へと変わるかがわからない以上、それはいつまでたっても仮説の域を出ない。


 「とりあえず蘇生を試みるか?」


 倫理的には出来るのならば助ける方がいいのだろう。

 だが、もしかしたら蘇生は禁忌タブーということもこの世界ではあるのかもしれない。

 異世界人の俺はその辺には疎いので、二人の意思に任せることにした。

 エリスとヒルデガルトは互いに見つめ合う。

 やがて考えはまとまったのか、エリスは俺を見た。


 「出来るの?」

 「確証は無い」


 死者を甦らせる蘇生の魔術、どの状態の死者までになら通用するのかは分からないのだ。


 「少しでも可能性があるならやってあげて!救える命を見捨てることは私の矜恃が許さないわ」

 「分かった。【蘇生レナトゥス】」


 五人全員に蘇生の古代魔法を付与する。

 さて……結果はどうだ……?


 「んッ……」


 一番鮮やかな血を流していた少女が呻き声を上げた。

 だが他の四人は何の声も発さない。

 蘇生の青白い光に包まれた少女は、しかし起き上がることなく静かに呼吸するばかりだった。


 「多分疲れているのね」


 駆け寄ったエリスは通路に横たわる少女を見つめて言った。


 「ハルト、この子を背負えるかしら?」

 「出来ないことではないな」


 見たとこ十四、五の少女だ、どうにか背負うくらいは出来るだろう。


 「なら、背負ってあげて!今日のところは引き上げよ」


 エリスは少女が心配なのだろう、迷宮探索は一旦終了となった。


 「全員、俺に掴まれ。転移の魔法を使ってギルドまで戻ろう」


 エリスは俺の右手をヒルデガルトが左手を握った。

 蘇生させた少女は俺の首に腕を回すようにしておいたので問題なく俺を触れている。


 「【転移ポータル】」


 視界が白に塗りつぶされた。


 ◆❖◇◇❖◆

 

 「おいあの子は……!」

 「ティリスちゃんが何故あの男に背負われている!?」


 ギルドに戻った俺達を、正確には俺の背負った少女を見つめた冒険者たちは騒ぎ出した。


 「おい」


 今朝、俺を小馬鹿にしたような態度をとっていた初老のギルド職員がいたので声を掛ける。


 「な、何か御用でしょうか?」

 「助けられたのはこの子だけだった」


 そう言って俺は、回収したギルドカードをカウンターに置いた。

 

 「これはどこで……?」

 「レチュギア迷宮の十三階層だ」


 俺は背負っていた少女を手頃な椅子に座らせる。

 慌てて駆け寄ってきた女性ギルド職員には、エリスがことのあらましを掻い摘んで説明してくれていた。


 「ありえない……」


 初老のギルド職員は目を剥いた。


 「何がありえないんだ?」

 「彼らは名うての銀等級パーティでした。と言ってもその中には金等級が二人、うちのギルドにおいては間違いなく実力者なのです。その彼らが五人がかりで挑んでも倒せなかった魔物がおそらくその階層にいるのでしょう……」

 

 俺たちの行ったときにはそんな気配など微塵もなかったがな。


 「具体的にはどういう魔物なんだ?」

 「おそらくは変異種だと推測されます。突然変異を遂げ強力になった魔物です」


 確かに決して深くは無い階層にそんなものが出たのなら大騒ぎだろうな。


 「どれほどの脅威なのだ?」


 そう尋ねると初老の職員は人目を憚ると、やがて小声で答えた。


 「災害と認定されるほどです。変異種は他の魔物を統率する力を持ちます。近々のうちにこの街へも押し寄せて来るでしょう」


 これだけの冒険者を抱えるギルドという機関がある街にとって、多くの軍隊を抱える国家にとって災害と言える存在だとするのなら、それは相当に厄介なものなのだろう―――――。


†作者からのお願い†


この話では試験的に短縮詠唱を【】といったようなカギカッコで囲んでいます。

この方が見やすいのか、或いはこれ迄どおりでも良いのか、教えてくれると嬉しいです。

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