第十話 詩織の憂鬱
「まーだ、気に病んでるの?」
話しかけてきたのはクラスメイトの胡桃ちゃんだった。
「幼馴染だったからね」
胡桃ちゃんは、私からすれば春人を死へと追いやった一人、口など聞きたくもなかった。
でも邪険に接すればそれだけクラスメイトとの軋轢を生みかねない以上、私は怒りの感情のやり場に困らされていた。
表には出さないだけで、胡桃ちゃんのことはかなり憎んでいる。
私はまだ春人の死を完全に認めてはいないけれど、キュクロプスの襲撃後に行われた調査ではキュクロプスどころか春人くんの死体も遺品も出てこなかったのだという。
それ故に勇者パーティの最初の脱落者として、根源自爆の魔法でキュクロプスを葬った英雄として春人くんは記録された。
「でもさ〜、実はインドラさんが言ってたんだよね。
「じゃあやっぱり春人くんは、
インドラさんから何かを聞いたらしい胡桃ちゃんに私は縋るような気持ちで尋ねた。
「さぁどうだろね。仮に何か特別な力を持ってたとしても、力を使用した上で死んでるようじゃやっぱり無能じゃん」
春人くんの死が心底どうでも良さそうな胡桃ちゃんに対して怒りが湧くのがわかった。
「でも貴方達の言う無能に助けられた私達は無能以下ね」
「何言ってんの?私達は職業だってある。あんな
当たり前のことが理解出来ない私がおかしい、そう言いたげに胡桃ちゃんは私の顔を覗き込む。
でも私は思った。
クラスメイトの死に何も痛むものがないあなた達の方がおかしいって。
仮にそれが普通のことだというのなら、私はおかしなままでいい。
「ごめん、そうかも。一人にして」
そんな人と顔を合わせて何かを話すなんて気分にはなれない。
「その方がいいみたいね」
胡桃ちゃんは私に背を向けてテラスから去った。
「何よアレ。そんなに無能のことが好きなら一緒に死ねばよかったのに」
去り際、私から聞こえる距離にいるのを知ってか知らずか胡桃ちゃんは呟いた。
でもその言葉は否定出来なかった。
なぜなら私もそう思っているから。
あのまま春人くんと一緒に死ねば気持ちはもっと楽だったんだろうな……。
最後の陽光を投げかけていた太陽が地平の向こうに消えるまで私は一人、王都を見渡せるテラスで沈みこんでいた。
◆❖◇◇❖◆
「で、どうすんの?」
ギルドのコルクボードから取り外した紙を見つめながら言った。
取り外した依頼書は、薬草採取という低等級冒険者のための依頼。
魔物と戦闘するような危険な依頼は、等級が上がってからにしろ、そういうことらしい。
こんな依頼では魔物と戦闘になる機会などありはしない。
「この依頼をさっさとこなして、そのまま迷宮に潜ればいいんじゃないか?で、あとから倒した魔物の討伐依頼に該当する依頼書を持ってカウンターに行けばいい」
お金は稼げるし戦闘経験を積める、一石二鳥だ。
幸いにして目的の薬草であるシックルセンナが採取可能な森は迷宮への道中なのだから。
そして俺は
「ただ、このままだと泊まりになりかねないわね」
「地図を見た限りでは迷宮までは歩きで十時間はかかるぞ」
ギルドで貰った地図を広げたエリスとヒルデガルトが懸念を口にした。
「馬を借りるというのもあるが、ハルトは馬を御することはできるか?」
騎士とか貴族の人間なら、あるいはこの世界の住人なら当たり前のことなのだろうが俺は異世界人、そんなことは出来るはずもない。
「出来ないな」
「そうか……」
二人の馬もあるが馬を疲れさせたくないのか二人乗りの提案は出てこなかった。
「そういえばハルトと出会ったとき、飛んでなかったっけ?」
さっぱり忘れてたな。
「これか?
短縮詠唱ですぐにその場に浮いてみせる。
そして一つ思いついた。
「エリス、ちょっと俺につかまってみてくれないか?」
「え、いいけど……こうかしら?」
遠慮がちにエリスが俺へとしがみつく。
振り落とさないように腕をエリスの腰に回した。
「ちょっと!って、きゃぁっ!」
そのままとりあえず全力でギルドの周りを飛んでみた。
魔力の出力を変えることなく素早く移動することが出来た。
もしかして魔力の出力は重量では変わらないということか……?
とりあえず着地する。
「ハルト、魔力の出力の調整が下手ね!」
エリスが腕組みをして言った。
「というのは?」
「今の魔法はそんなに魔力を消費するものでは無いはずよ。なのにあなたは莫大な量の魔力を消費しているの」
つまりは無駄が多いということか……。
「どうすればいい?」
「簡単な話よ。今から私が教えてあげるわ!」
エリスはビシッと俺を指さして言うのだった。
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