第九話 ギルドにて

 迷宮探索を行うために最初にやってきたのはギルドだった。


 「無職の俺でも冒険者登録って出来るのか?」

 「出来なかったら私が身分をチラつかせて押し通すわ!」

 「お、おう……」


 そういうところはやっぱり貴族なのか。


 「でも勘違いしないでよね?私は自分の力ではなく家柄で威張るその辺の貴族とは違うんだから!」


 わざわざ俺をパーティに入れるために矜恃を曲げる、そういう事か。

 ありがたいような申し訳ないようなそんな気分になった。

 

 「エリス様、こちらがギルドです」


 ヒルデガルトが先頭に立ちギルドの入り口の扉を開ける。

 ギルド内にいた冒険者が値踏みするような視線を浴びせてくる。

 

 「あいつ、女連れだ」

 「すんげぇ上玉だな」

 「あの男を殺して俺達のパーティに誘うのもありかもな」


 聞こえてくるのはどこまでも粗野で下世話な会話だった。


 「何か御用でしょうか?」


 ギルドの受付に来るとギルド職員が声をかけてきた。


 「冒険者登録を頼みたいわ!」


 エリスがそう言うと話しかけてきたギルド職員がそのまま応対するのか紙を三枚、棚から取り出した。


 「では御三方共に『地歩開示ステータス・リリース』をして頂いていいですかな?」


 言われるがままに『地歩開示ステータス・リリース』をすると職員の男がそれを確認していく。


 「ヒルデガルト・スターリング、職業は『剣士フェンサー』、エリス・フォン・シュヴェリーン、職業は『大魔術師ハイウィザード』ですか……。これは強い」


 三枚の紙になにやら記入していくギルド職員は二人の職業に驚いたらしかった。

 ギルド内にいる他の冒険者達もどよめいていた。

 二人ほどの職業ともなれば引く手数多なのだろう。

 おまけに二人は美少女で、そして貴族だった。

 今朝に聞いた話ではヒルデガルトの家は代々シュヴェリーン公爵家を守る剣として騎士爵という爵位を賜っているのだという。


 「で、最後の方は……はっ?無職?」


 ギルド職員はしばらくの間、唖然とした。


 「おい、あいつ無職だってよ」

 「ってことは女の子のヒモってことかよ」


 話を聞いていた冒険者達がわざと俺にも聞こえる声量で無遠慮な言葉を交わす。

 この世界でも俺は無職無能という扱いを受ける続けるらしい。


 「無職の方が冒険者などお辞めになるべきでしょうなぁ。くっくっく」


 ギルド職員の言葉には明らかな侮蔑が含まれていた。


 「彼の実力は折り紙付きだわ!」


 エリスがギルド職員に言い募り、ヒルデガルトもそれに頷く。

 ギルド職員の男はそれを一瞥すると俺を見た。


 「お二人が君を庇おうとしてるのかは知りませんが、本当に何か出来ることがあるのですかな?」


 俺を舐め腐った態度にさすがに限界を迎えそうだったがグッと堪える。


 「その辺の人達よりかは魔法が得意かもしれないな」


 誰か俺の魔法のへの協力に名乗り出る者はいないかと敢えて挑発的な言葉を選んだ。


 「おいおい、無職のガキがイキがってんじゃねーよ」


 お、引き立て役が来てくれたっぽいな。


 「生憎、事実を言ってるまでなんだがな」


 紫のローブに身を包み、ゴテゴテとした趣味の悪い錫杖を持った炎髪の女が声を荒らげて言った。


 「アタシの名は灰燼の邪姫キェルケ、アンタも名乗りな」

 「ハルトだ。二つ名なんぞは持ち合わせちゃいない」

 「ふん、なら『即死』とか『大言壮語』とかアンタに相応しい二つ名をつけてやるよ!表に出な!」


 近づいてきたヒルデガルトがそっと耳打ちをした。


 「相手は金等級の冒険者だ。油断するなよ?」

 

 冒険者にも等級があるのか?

 分からないことは自問自答。

 創造神エステルの知る知識の中に答えがあれば、エステルの脳が教えてくれるのだ。

 分かりやすく言えば辞書を脳内に収納した、そんな感じだ。

 俺の知識にないことでも、取り込んだエステルの脳に問いかければエステルの知識が手に入る。

 そして一度取り出したエステルの知識は俺の知識へと変わるのだ。


 †冒険者には下から順に白等級、青等級、赤等級、銅等級、銀等級、金等級、白金等級と七段階に分かれている。実績による昇級制度を採用しており銅等級以上は昇級審査が必要となる†


 ということらしい。

 つまり目の前にいる粗暴そうな魔術師の女はかなりの遣い手ということになるらしい。


 「金等級と手合わせできるとはな」


 キェルケの後に続いてギルドの外の通りにでる。


 「私達も見に行くわ!」

 「勝たなければ剣の錆にしてくれる」


 後ろでヒルデガルトが物騒なことを言ってるがとりあえず無視だ。

 というかこういうときは「頑張って」とかそういう言葉を送るのが普通なんじゃないか?

 

 「結果なんて分かっちゃいるが見に行くか」

 「どうせだったら賭けでもやるか?」

 「あのひ弱そうな男が買ったら大穴だな」

 「私、ハルトに有り金全部賭けるわ!」


 後ろで始まった賭博にちゃっかりエリスも混じってるし……。


 「大穴があくことなんざないね!行くよ!」


 キェルケが錫杖を構えて魔力を込める。


 「我に仇なす者の命は永劫流転、焔滅ロヴィーナ


 魔法陣から発せられる魔力で、その魔法がどれほどの高威力なものかはすぐに理解出来た。


 「おいおい……ありゃぁ殲滅級の魔法だぜ?」 

 「ハハッ、あの兄ちゃん終わったな。キェルケは本当に容赦ねぇ」


 そんな声が聞こえる。

 収束した魔力が一つとなって放たれた。


 「神盾イージス


 唯一しる防御系統の古代魔法を行使した。

 錫杖は魔力を増幅し、より高威力の魔法を放てるようにすると言うが……錫杖なしの俺の古代魔法がどこまで通用するのかというのが疑問だ。

 赤銅あかがね色の魔力と俺の神盾イージスとがぶつかり合う。


 「なっ!?アタシの魔法で貫けないって言うのかい!?」

 

 詠唱にもある不可侵の盾という表現は、あながち間違いじゃないらしいな。


 「なら、力ずくで破ってやんよ!」


 キェルケの魔力で周囲には風が吹き荒れる。

 もの凄い威力だな。

 

 「ちょっ、裾がめくれちゃう!」


 エリスが下着が見えないよう裾を押さえつけているのが目に移った。

 神盾イージスの方は相変わらず、ビクともしないので問題は無いだろう。


 「こちらからもいかせてもらう!」


 だが俺は古代魔法は使えても魔力量には自信が無い。

 だからこそ、いつまでも悠長に構えてはいられない。


 「衝撃波が来るぞ!せいぜい防御魔法でも使え!」


 一応の声掛けはしておく。

 そして通りにそって並ぶ建物に沿って神盾イージスの範囲を拡げる。

 これで器物損壊罪は免れそうだな。

 この世界にそんな罪状があるかは知らんが。

 

 「神滅一矢ミストルテイン!」

 「並列行使をしようってのかい!?」


 空に現れた魔法陣から滅紫の光矢が降り注ぐ。

 キェルケは膝を折った。

 魔法具レガリアによる魔法防壁を発動したのか頭上に壁が出現するがすぐさま霧散した。

 キュクロプスを屠ったときよりかは威力を減衰させての一撃だったがそれでも人間相手には十分すぎたのだ。

 

 「エリス、治癒魔法は使えるか?」


 威力は抑えたとはいえ、キェルケは傷を負っていた。

 俺の力を証明する機会を作ってくれたキェルケを放っておくのはさすがに申し訳ないというもの。

 

 「で、できるわ!」

 「なら、キェルケを治癒してやってくれ」


 エリスがヒルデガルトを連れてキェルケへと駆け寄る。


 「お前は無職の俺をバカにしていたな?そのお前は当然、俺よりも上の魔法を使えるんだろう?」


 俺は、近くで見ていたさっきのギルド職員へと話しかける‎。


 「……馬鹿にしているなど、滅相もないことです」


 ふん、都合の良い奴だな。

 

 「ギルドカードの発行をしてくれるな?」


 掌の上に魔力球を構成しながら問いかける。


 「も、もちろん!させていただきますとも」


 これでは半ば脅しだな……。

 どうやら俺もヒルデガルトのことは悪く言えないらしい。

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