厳重注意

 ……体を触られて。黒髪の……聖女じゃ……魔王のいる世界でもなく、落ちた……殺す、殺される?


「あら?!」

いてえ」


「血が出ています、動いてはいけません!」

「……あ、いや」


「待っていて下さい、助けを」

「君は?」


 多分、合ってる、着いた。

 この人だ。


「私はマリナ、怪しい者ではありません。天使様をお助けしたいだけです」

「……マリナ」


 聞いても無駄だった、カリスの相手の名前を聞きそびれてたんだ。ネームにも書いてなかった。合っているとは思う、あの聖女に瓜二つだ、でも年齢が違う気がする。目の前にいる人間はお年寄り、おばあちゃんだ。


「マリナ、君はここでどう暮らしている?」

「はい?」


「恋人や夫は?」

「え?」


「誰かを待っているとか?」

「あの?」


 聞き方が悪いか、いや突然身辺を探られたら気持ち悪いか、俺が悪い、俺が気持ち悪いんだ、もう少し対話の仕方も学んでおくべきだっ……あ。


「アーク! 何してるの?!」

「……はい」


 いい加減殺されるかも知れない。

 カリスが一歩ずつ近付く……のが、止まった。

 ああ、今は夜か? 壁の松明たいまつが揺れて気付いた、カリスからは逆光で彼女が見えてないのか。

 俺の横で立ち上がった風が走った。よろけたマリナはカリスに飛び込む。


「ずっと……何百回と、何千回もここで! ずっと、ずっと! あなたの名前を忘れてしまったわ、でも覚えています! 覚えているの!」

「……え?」


 抱き止めたカリスの口がマリナと動いたような気がした。

 良いのか悪いのか分からない、でも今すべき事は一つ、お父様のネックレスを握るんだ、俺は邪魔だ、この世界から出る!

 ……ああもうカッコ悪りい、下手クソだ、使えねえな。どこだ、ここ……痛え、回復を……。


「はわー! ソラさまー!」

「……はわ?」


「回復! えーい!」

「……ん?」


「すみません! やっぱ出来ません!」

「……そうか」


「はわわ、お美しい、流血までお美しい……!」

「……もしかして?」


 もしかしなくても『真ん中の世界』だ、俺をソラと呼ぶなら多分そうだ。だったら……。


「少し休ませてもらえるか?」

「もっもっちろんです! 私は何をすればよろしくってですか?!」


「……じゃあ、カウントダウンを」

「はい! ひゃ、100、99、98」


 なげえな。

 まあいいや、0までに呼吸を整えて回復する。それから……この人間、ウサギの耳が生えてるのか? 取り付けてるだけか?


「……3、2、1、0!」

「よし」


「はわ……」

「君が俺達の世界に来たいと言ってくれた人間か」


「はい! おそれ多くも!」

「困っている事や不便な事は無いか?」


「ひとっつもありません! もう今この瞬間を胸に千年は元気に生きます!」

「そうか」


 起き上がってみれば確かに、森も川も花もある。何かの果物が成る木もあるみたいだし、遠くにビルが立ち並ぶ……なんでこんなスミッコにいるんだ? たった一人なのに。

 他の世界から連れて来るのは俺じゃ難しいんだ、まったくもう。


「人間には生き物を飼う習慣があるな。ちょっと……待て」

「は、はい?」


 上手く出来るか? 槍を呼び出して魔法使いの杖のように構える、力を集中させよう。

 俺達を好きだと言ってくれた人間なんだ、少しぐらい頑張れ俺。これから先、カリスは居ないんだ。俺が術の精度を上げないと省エネ出来ない次の相棒はすぐ消えてしまう。俺がやるしかないんだ、これから先ずっと。


「……どうだ? よし、これをやる」

「わ?! 動く、動くぞ?!」


「モフモフして可愛い生き物がペットだろう?」

「な?! なあにこれ?! 分からないけど有り難くちょうだ! わ?!」


「仲良くしてやってくれ」

「ちょ?!」


 よし、懐いていると思う。帰ろ……あれ?


「もう! アーク!」

「なんでだ?」


「なんでじゃないよ! 何これ?! 女の子埋まってんじゃん!」

「いや、カリスの分もモフモフさせようと」


「なに言ってんの?!」

「いや、なんで居るんだ?」


「これダンゴムシに羽毛が生えてるの? キモ?! ネコ耳?!」

「可愛い生き物と可愛いと言われているらしい天使の羽のモフモフを」


「モフモフから離れて! はい、キミ大丈夫?」

「はわ! ツバサ様! 大丈夫です!」


「ごめんね、迷惑かけちゃって。好きな生き物に変えてあげるよ、何がいい?」

「こ、これで、このままで!」


「え? 遠慮しなくていいよ? ピンクのドラゴンとか小鳥とか蝶とか」

「いえ、これはソラ様が私の為に出して下さいまして、もう本当に吐きそうなぐらい嬉しいので遠慮じゃなく本当に私はこの子と生きますので!」


「そっか。なんか嬉しいな、ありがと。じゃあ僕からも!」

「わ?!」


「ウサギさんだよ、キミとお揃いのリボンもおまけ。慣れたら喋る学習機能付き!」

「……はわー……」


 ボーッと見てたらカリスと目が合った。怒ってるのか?


「初めての子だしさ、これぐらい特別扱いしても良いよね?」

「うん、それはもう、俺もそう思っている」


「よし、じゃあ帰ろ! また来るよ。あ、キミ名前は?」

「はわ、花子、あ、間違えた、ミノリです!」


「自分の名前間違えるとかウケる、でも覚えたよ、ミノリ」

「……」


「フリーズ! モフモフ達、ミノリをよろしくね。帰るよアーク!」

「はい」


 グイッと引っ張られたらもう家の中だった。ダイがいる。


「あ! アークさん! 良かった!」

「やっと見付けたよ、留守番ありがとね。ルルさんにも伝えてくれる?」


「はい! 行ってきます!」

「よろしくー」


 パタパタッと小さな羽ばたきの音が消えた。無音。

 これは……どうすれば良いのか。ソーッとソファーに移動する。ソーッと座るとカリスが隣にボフッと座った。


「……どういうつもり?」

「……どういう……喜ぶかと」


「一週間もかけて丁寧にズタボロになってまでやる事じゃない、ものすごく弱り過ぎてて僕でも探せなかった、気絶なんてされたら本当に探せなかった、しかも予想外過ぎる所にいた、ぜんっぜん嬉しくない!」

「ごめん」


「……バカ」

「ごめん」


「……うそ、違うよ、ごめん……嬉しかった、嬉しい、でも……アークになんか言わなきゃ良かっ……」

「ごめん」


「……あの世界は、時間がある……マリナはずっと生まれて、死んで……僕は、またマリナを看取みとる……」

「……そうだったのか」


 隣にいるのに顔を背けられて表情が分からない。

 俺は間違いなく、間違えた。

 とてつもなく残酷な事をしてしまった。良かれと思ってやったなんて言い訳は通じない。


「……アーク? なにしてんの?!」

「死んで詫びる」


「ブッ殺すよ?!」

「うん」


「殺すワケないでしょ?!」

「うん?」


 やっと見えた顔は濡れてる。泣き顔なんて初めて見た。

 俺の腹から槍を引っこ抜いて回復してくれてる。生きてて良いらしい。だったら作ってやろう。


「……今度は何してんの?」

「天使の涙は使えるんだろ? なんか丸めただけだけど」


「……なんの力を込めたの?」

「さあ? 幸せに、思う存分好きに生きて欲しい、とか。だから、やる、あげる」


「……バカじゃないの」

「うん、バカだった。多分ずっとバカだから考えてた事をそのまま言う。カリスは行ってくれ。あの世界なら天使のままで過ごせる。堕天とかはもう考えなくていい。年齢も寿命だって術で何とでもなるだろ、なるはずだし、なるよな?」


「……教えない」

「え?」


「バカには教えない!」

「く」


 体が『く』の字になるほど突進された。不意打ち過ぎだ、受け止め切れなくて胸が潰れたけどもういい。好きにしてくれ。


「もう! 意味分かんないから人違いだよって逃げてきたの! また会えたらゆっくり話す約束はしてきた! 急にあんな、よく思い付いたよね?! 天国にいると思って僕は探そうとも、考えもしなかったよ?! スゴいじゃんホントに! 今度は心の準備してから行くからありがとね?! ……アーク? あれ?」


 息、出来ねえな……。

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