職権乱用

「これで三十三歳独身男性と二十歳のフリーター男性の戸籍を確保しました。ここからのお金関係はこの手順で進めて下さい。で、どこかで働いたりしたいですか?」

「いや、全ての時間はお父様を楽にする為に使いたい」


「じゃあ僕の会社に入れときます。どこかに勤めてるって証明は超使いますから。大卒で入社したってコトにしときますね。過去の給料明細は後で作っておきます。必要な時は言ってください。あ、通帳出来たら貸してください、データねじ込むので」

「会社まで作ったのか?」


「はい。この世界で普通の人間を作り上げるのは簡単だけど大変なんですよ。これ会社の住所電話番号業務内容、人間から聞かれた時の答え方、書いときますね」

「凄いな」


 ウチのカリスは本当に凄いんだ。アリスは任せろ、俺のお薦めマンガにハマらせた。もう本棚の側で夢中になって読んでる。これはもしかすると友達が出来たかも知れない。アリスは何百年生きて初めて出会った、趣味の合う天使だ。

 よし、カリスの隣に移動。難しい話はもう終盤か、ルミナスに渡したメモは束になってる。

 読みかけのマンガを全巻貸してやる事でやっと動いたアリスを連れ、二人は静かに帰った。礼まで言われたし、都会の真ん中に住居を構えたいと嬉しそうだった。


 ガサゴソとビニールの袋からクッションを出したカリスがソファーにボフッと倒れた。邪魔にならないように隅に腰かける。


「疲れたー!」

「お疲れ」


「なんか良い人かもね、僕達のパクリって言われてもいいから人間に姿を晒して頑張るって言ってた」

「やっぱりそれが一番早いのか」


「でもさー、何でも叶えてあげようって言ってくれるお父様の前で普通の天国行きたいって言える人間、どれだけいるかな?」

「今日、一人いたんだよ」


「……」

「……」

「やあ。懸命に働く子供達をいちいち呼び立てるのも悪いから来てしまった。ルミナスとアリスが居たから外で待っていたけれど、君達はとても素晴らしい所を住み家に選んだね。星も美しく木々の間を流れる風音も爽やかだ。羨ましい。ああ、彼らとも仲良くなってくれて嬉しいよ」


「……めっちゃ喋るやん」

「……おと」

「そうそう、居たのだよ、今日。転生して調子に乗らないという自信が無い、虫にはされたくない、だから普通に天国が良いと言う若者が。アークとカリスの手引きだろう? 本当に賢く自慢の子供達だ。ところでそのマンガは読めるかな? 人間の記憶を探って少し見たのだが、やはり子供達が描いた本物を読みたくなってね」


「はい、これです。あ、紙のもありまっせ」

「……」

「では、それを読ませてくれるかな」


 言葉が変な感じになったカリスと言葉も出ない俺の間に、お父様が座ってる。マンガ読んでる。全身ちょっと光ってる。

 これはマンガの後書きか何かに載ってた、編集の人間が原稿を読んでる姿だな。


「なるほど、これは分かりやすいね。でも創造つくり難いね。どうしたものか」

「はい?」

「……」


「実は今、待たせているんだ。天使が描いたマンガの世界に行きたいと言う少女を。そこで二人を、アークとカリスの事だろうね、遠くから眺める存在になりたいと言っているのだが、これはどうしたものか。二人は私が創造した世界を縦横無尽に駆け抜ける。となると全ての世界を行き来する少女を生み出す事になってしまうよね」

「つよつよチートですね」

「全ての世界を」


「どうしたものか」

「……お父様、渋谷に行きます」


「ああ、何かなカリス? 任せるよ?」

「はい!」


 ポンッと三人で優しい移動、足下には渋谷の大型ビジョンが四面、煌々こうこう禍々まがまがしいコマーシャルが映っている。


「お父様、その女の子にこういうの、ダメですか? 女の子が望めばいつでもどこでも僕達を見れる、こういうヤツです。僕達はいつ見られても平気なんで」

「なるほど」


「たまに直接会いに寄ります、それなら文句なしに僕達の世界のような気がします!」

「それではアークとカリスの負担が大き過ぎないかな?」


「大丈夫です! 僕達の何かが届いたんだから責任は持ちます! ね?」

「あ、はい、嬉しいです。寄るのも見られるのも別に、はい……あ! カリス、あの世界だ!」


「あ! お父様、ここにソックリな世界があるんです、転生者が改造したんですけど今は誰もいないそうです! そこに入れてあげるとか?」

「分かった、ありがとう。ではその世界を中心に置こう、通り道にしやすいよう移動させておくよ」


 もう一度ありがとうと俺達の頭を撫でて、お父様はいつものような大きさに戻って消えてた。

 渋谷スクランブル交差点上空、俺とカリスはただフワフワ浮いてる。これは救急車の音だったか、パトカーだっけ。


「……アーク、帰ったら二作目ちゃんと考えよっか?」

「うん、『真ん中の世界』が満員になるまで」


「……ねえ、ヤバくない?」

「うん、面白かった」


「ヤバくない?」

「うん」


「ヤバい!」

「ウケる」


 二人で思いっきりメチャクチャに飛んで帰った。上下左右、東西南北へ、地上でつむじ風ぐらいの影響があったかも知れない。それぐらいの夜だった、最高に愉快な夜だった。

 帰ってからもカリスを風呂に突っ込んで羽根をむしったりして、ついでに広いベッドを作ってやった。すぐにバカデカいクッションと一緒に倒れ込んで、そのまま寝落ちたようだ。


「……よし」


 部屋の真上に出てルルを探す。また東京か、秒で移動。

 高い建物の一室をオッサンに買って貰ったと言っていた、これはマンションだったか、入り方が分からない。

 窓をコンコン、即出てきた。


「なに? え? どうしたの?!」

「教えて欲しい事がある」


「なんでも聞いて!」

「問題の起きていない世界に行くには?」


「……え?! えっと、あの転生者の資料に載ってない世界ってコトね? 中に居る人の名前とか顔とかを正確に思えるなら普通の移動と一緒だと思うけど、私もやった事ないわ」

「顔しか分からない時は?」


「何とかなるんじゃないかな? 向こうの世界で普通に探すって作業だし……アーク、誰を探すの? まさか」

「お父様が新しい世界を作った。俺とカリスを眺めておく世界だ。そこに寄ってやりたい」


「なにその天国。ていうかソレ、お父様のネックレスでしょ? そういう理由ならそれ握っておけば不思議な力が発動しそうじゃない?」

「なるほど、ありがとう」


 口にしていないのにルルの『もう行っちゃうの?!』という叫びが聞こえた気がした。最近は助けてもらってばかりだな、少しぐらい礼をしよう。

 真っ白でフワフワの髪を撫でてみる。お父様もよくやってるし、頭を撫でられるのは俺も嬉しい。


「ありがとう、ルル」

「……はい」


 泣いて喜んでる。人間の女よりは分かりやすくて良い。

 よし、と気合いは入れた。

 失敗は出来ないのに、またバンッと殴られたような瞬間に景色が変わった。一応五体満足、翼もついてるけど回復が必要だ。中身が痛い。

 血を吐きながら周囲を確認、ここでは無い。ここは魔王と聖女大量発生の世界だ。顔しか分からないとこうなるのか。


 ここじゃないんだ。俺が行きたいのはカリスが添い遂げたという、あの黒髪の少女の世界だ。

 お父様の話を聞きながら思い至った。天使が堕天してまで愛した、愛された生きざまを……何もかもを忘れてしまう天国を選ぶとは思えない。彼女はお父様に世界を作ってもらったのではないか、今もカリスと共に生きた世界にいるのではないか、と。

 カリスは何千年と忘れていなかった。彼女も同じ思いでいてくれたら、いてくれるはずなんだ。


「……クソが……」


 浮いてとどまる力もない、羽ばたいて減速しながら落ちた。何十回やっても景色が変わらねえ。

 ……下手クソ天使だ、マジで……。

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