百花繚乱 天の徒花 地上で水菓子

顛末書

「ここも美味しいね」

「うん」


「クアトロ一切れあげるからソレ一切れちょうだい」

「どうぞ」


「んで、どうする? 僕より上位のソラにはその権利がある。好きに処分していいよ」

「だからカ、ツバサは何かしたか? 悪事には一つも手を出していない、処分も何も無い」


「転生者をムダになぶり殺したりしたかな」

「それはやられる方が悪い」


「このままで本当にいいの? 僕は嘘吐うそつきだよ」

「問題無い。他の奴らとの間の事は知らない。俺に対しては一つも嘘を言っていない」


「ふーん」

「うん」


 冷静に、とにかく頑張れ俺。正直どうして良いか分からないなんて微塵みじんも見せない、とにかく頑張れ。

 初めて入ったレストランのピザは美味かった、デザートの上に乗ってたパリパリも美味しかった、浴びるほどワインも飲んだ、少しは酔えばいいのに。

 店を出ると会社帰りらしい人間であふれてる。歩き辛いけど。


「ねえ、近くにアニメグッズのお店があるの。寄っていい?」

「うん。何かあるのか?」


「『魔法使いのなんちゃら』っていう本の特典付きが今日発売なんだー。通販限定は買ってあるから店舗限定が欲しいの」

「うん?」


「なに? このままで良いんでしょ?」

「うん、それは、うん」


 どこでも行く。よく分からなくても返事は全てイエスだ、当然だ。地図を見ながら歩くカリスに並ぶ。たまに顔を上げても俺は店じゃなく人間を探してる。

 少しでも似ている女がいればカリスは喜ぶだろうか?

 その女が誰の物でも無ければ喜んで連れて帰るだろうか?


「あったよー、行こ」

「うん」


 店の前にいる女が数人、中にはゴチャッと沢山、もうザワザワした気配がする。ソラ、ツバサ、囁いているつもりらしいが思いっきり聞こえている。マンガやアニメに詳しい人間がこれだけ集まっていれば何人かは知ってい……ん?


「どうしよ、入れないかも」

「……なんだこれは?」


「人気あるねえ、僕達」

「そういう事なのか?」


 静かに囲まれている。付かず離れず、ちょうど三歩分ぐらいの距離で女に囲まれている。少し離れた所からは数人の男にスマホを向けられている。

 特に話しかけられる訳でもなく、横を見ても振り向いても口元に手を当て顔を背けられる。これは? 本当に人気があるのか?


「これじゃ店に入れないだろ」

「お店が迷惑かもね」


 スススッと海が割れるように道が開いた。何なんだ? 俺達の会話が聞こえて通してくれるのか? だったら最初から囲まなければ良いのでは?


「あ、みんなありがとー」

「俺は外で待っておく」


「行こ、せっかくだし」

「そうか」


 カリスがニコニコと俺の袖を掴むと悲鳴が上がった。悲鳴? おとなしく付いていくと女もゾロゾロと付いてきた。


「あった、最後の一冊だった!」

「良かったな」


「ん? あ、これ読んだね? ダンゴムシのソレアクリルキーホルダー欲しいの?」

「いや別に、可愛いとは思う」


「じゃあ買おうよ。ソラは青ね、僕ピンク」

「付ける所が無い」


「カバンあるじゃん」

「ああ、そうか」


 カリスと何か話す度に小さな悲鳴が無数に上がる。踏み潰した小動物の断末魔のようだ。


「知らない本はまだこんなにあるのか」

「そこBLだよ」


「びーえる」

「ボーイズラブだってば。ウチにあるのは表紙だけ見てソラは読まなかったじゃん」


「あれか、そういう、なるほど」

「あ、これ、クッション買っていい?」


「好きにしていい」

「わーい」


 キーホルダーはその場で斜めに掛けたカバンに付けてくれた。なんか巨大なクッションと本を買って、人間の輪に静かに囲まれたまま店を出る。にえの儀式みたいだ。


「ソラ、大サービスしながら帰ろっか」

「うん?」


 ビニールに入ったクッションをガサガサ抱えて嬉しそうなカリスに並ぶ。大サービスか、何をするのか。


「お騒がせしましたー。みんな僕達のコト知ってくれてるの?」

「知ってるー」


「そっかー、嬉しいな。また配信とかするから見てくれる?」

「はーい」


「コメントも書いてね、お返事するから」

「はーい」


「じゃ、バイバイ!」

「マジ?!」

「ええ?!」

「キャー?!」


 カリスが羽ばたいた。なるほど、こういうのが大サービスか。俺も翼を出す。悲鳴が悲鳴らしくなった。怖がらせ……てる訳では無いみたいだ、笑顔だな。ちゃんと人間は喜んでくれてたのか。

 ……分かりにくいな、おい。


「わ、やっぱり夜景はキレイだね!」

「ここは新宿だったか」


「うん、アッチが秋葉原、アッチが渋谷、この方向に僕達の家!」

「なるほど」


「キレイだね」

「うん」


 カリスが思い出した前世は何千年も前だ。こんな景色では無かったんだろうな……本当はこういう景色も一緒に見たいだろうに、と。

 多分それは違う、それぐらい分かるのに何だこの感情は? 何かしてやりたいのに何も正解が無い、正解って何だ? そもそも正解があるのか? 何もしない、出来ないが正解じゃないのか?


「また難しい顔してー」

「そうか?」


アリが100匹ぐらい口に入った顔」

「気持ち悪い」


「じゃあ……え? なに?」

「アイツらの気配か?」


「待ち伏せされてる?」

「みたいだな」


「ええー、クッション汚されたらイヤだな」

「大丈夫じゃないか? 何かされたらラファエル様を呼べば良い。それは何かのキャラクターのなのか?」


「うん! この青と赤は主人公二人が使った最後の魔方陣の色なんだ、この絶妙な色味ね、いい色でしょ、アニメ化が待ち遠しいよ、超概念だよね、でも色合いは間違いなくて、これ、この、ここが薄くなってるのも理由があっ」

「いたぞ」


 俺達の部屋は俺達にしか見えない、はずなのに正確に上に座ってるルミナスとアリス。まあ壊されてないなら今夜は話でもしに来たのかも知れない。


「こんばんは! ようこそ、どうぞ?」

「……え、入れるのか。まあ、どうぞ」


 精一杯に愛想良くしてるつもりだけど二人は無言。何しに来たんだ? 初めての客人がこの二人というのも……あ、そうか、もてなしか、カリスが紅茶を淹れたりしてる。

 じゃあ俺はテーブルの上を片付けて、なんだ、ソファー増やすか、どうだ、座るか? よし座った、後は……まあいいか、任せよう。カリスは長髪のルミナスと向かい合う。


「どうしたんですか、わざわざこんな所まで」

「……を」


「はい?」

「……せ、生活を、教えてくれ、教えて欲しい」


「生活?」

「金とか、ネット環境とか、色々」


 フワッと白い紙と鉛筆が飛んで来た。カリスが素直に教えてやる事に驚いた。ヤダと言っても許されそうなのに。


「まず、現金は悪い人から盗ります」

「盗むのか?」


「はい、妙な薬とか変な物を売って儲けてる悪い人間から盗みます。金庫や家に置いてあるので簡単ですよ。ネットとかを考えてるなら家はどうしてますか? 銀行口座は? クレジットカードは?」

「無い、作れない」


「作れますよ。じゃあ戸籍も身分証も無い感じですか?」

「うん、無い」


「じゃあ順番に説明するので今一緒に片付けちゃいましょう」

「はい」


 余り者同士、アリスと目が合う。小さい方が賢いのはどこも一緒か、暇そうだな。パソコンの方に誘って椅子を並べる。ここまで無言。


「……あ、俺の読みます?」

「読んだ。読んでる人間の背後に立って読んだ」


「マジすか」

「良い読み物だった」


「あの、なんでブチ切れてたんすか?」

「……先にやられたから、天使だと明かして色々するヤツを」


「なるほど」

「……マンガは無理だけど、配信とかは二人で調べてて、ちょっと色々、うん」


 急に親近感が湧いてきた。好きか嫌いかなら、もう完全に好きだと思う。

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