社外秘
次を考えてくれてたのか。『白い天使(仮)』、戦う感じではないらしい。コーヒーを置いて俺の翼をひと撫でしたカリスもソファーで作業を始めた。
どれどれ。
【――生まれたばかりの天使は、お父様と大天使様の側で育つ。自我が芽生え、最初の記憶になるのは大きなお父様と大天使様達の笑顔。そのうち個性が出てくる。勉強が好きだったり、戦いに優れていたり、多数を惹き付けまとめる能力が高かったり、色んな天使が育っていく。
その中に一人、特に特徴もないのに他の天使より仕草が愛らしいとか良く笑うとか、些細な理由で少しだけ他より多く構われスクスク育つ幼い天使。
一通りの術を習い、お父様やガブリエル様に甘え、皆より少し先に天を羽ばたき、地上へ散歩に出たりもした。
地上の人間はまだ布を一枚体に巻くだけの、動物のような生き物だった。それを幼い天使は面白いと思った。やがて黒い髪の丸い赤ちゃんを見付けた。自分と同じように大人から可愛がられ笑う姿に釘付けになった。
小さな手は握れば潰れそうだ。ふっくらした足の裏も、桃色の頬も何もかもが
赤ちゃんはあっという間に成長していく。天使からすればそれこそ一晩ほどの感覚で、可愛らしい少女になっていた。
ある日、
なんだ今のは、と
今度は大丈夫、迷わない。天使は夜中に男に襲われる少女を
目の前で涙を浮かべ微笑む少女は美しい。天使は住み
ふと、天使はこの少女の世話をしていた人間を連れて来てやった。少女に笑顔が戻り、天使はせっせと衣食住の世話を続ける。髪飾りもさしてやった。なのにまた少女は塞ぎ込むようになった。
困り果てた天使はようやく言葉の重要性に気付く。天に戻りお父様から人間の言葉を理解する術を教えて貰った。何に使うかは秘密、と駆けていく。
地上に戻ると、天使が用意した家は崩れ砂山になっていた。誰もいない、何もない。近くの川も森も草原も砂に飲まれていた。
慌てて掘れば、細く白い骨が出てくる。頭蓋骨、長い、短い、細かい、そして髪飾り。黒髪に良く似合っていた白い貝の髪飾り。
砂山の近くに石が二つ、下には頭蓋骨も二つ、少女の家族か。天使と人間の時はあまりにも違う。
天使は帰った。人間を眺めるママゴトは終わったのかとガブリエル様から声をかけられ、終わりと呟く。
学び、成長を遂げた天使はガブリエル様に伴われ地上へまた下りるようになった。石の家を作り、国を興したものの迷える人間はすぐにお父様や天使を求める。彼は手を差し伸べる側に回った。
人間は白い神殿を建てた。ありがたく寝床に使ってみたり、話をする場として使うようになった天使は、また一人の少女に出会う。
今度こそと決意させる程、その少女はいつかの面影に満ちていた。家族と共に通われる日々に言葉を交わし、小さな花を踏まない優しさや、その日の天気に一喜一憂する穏やかさに溺れた。
お父様からも大天使様からも忠告を受け、それでも天使は彼女を欲する。人間としての最上の幸せを人間に尋ね歩き、迷いなく堕天を選んだ。
お父様に翼を切り落とされ、天使は笑顔で地上に堕ちた。
天使は少女と同じ時を過ごし、同じ物を喜び悲しんだ。
人間の仕事で金を稼ぎ、子を成し、育て、二人で老いた。
これで良かったのかは問えないまま、添い遂げた。
それに気付いたのは授業中だった。
何千年も前に堕天した天使がいた、そういう道を選べば人間と同じく老いて死ぬから気を付けなさい、先生はそう言ってもう次の項目に移ってる。僕はそれどころじゃなかった。
記憶が濁流のように押し寄せる。
赤ちゃんの笑顔、少女の涙、貝殻を髪飾りに細工した海辺、少女とその家族の為に狩った猪の熱い血、指から
いつからか人間の転生者が問題になってきた。
二人組になり粛清を始めると大天使様から話をされ、お父様が僕に引き合わせてくれたのは大きな天使だった。『サボリ魔の居眠り天使』と周りから囁かれ
羽ばたく、ソファーの背を乗り越えて
仰向けになってスマホをいじるカリスに馬乗りになって。
何を、どう言えばいいのか。
「ヒッドい顔」
「……ああ」
「嘘とか本当とか聞かないの?」
「……うん」
「どうする? 僕も転生者でバリバリのチート持ちだよ。生かしておいたら何をするか分かんないよ。殺す? どうせならアークに殺されたいけど」
「いや、何を言っ……チート?」
「あれ? 最後まで読んでないの?」
「最後? あ、待って、最後はまだ……」
なんなの、と紙の束が押し付けられた。これは手書きのネーム、取り込む前の、最後は、最後……。
【――天使は、噂と違って優しい。アークだと名乗った後、僕に名前が無い事を知ると今生で初めての名前、『カリス』をくれた。素直に嬉しかった。
ただ、アークは術が壊滅的に下手クソだ。僕は移動や怪我をした時の回復はもちろん、普通の転生者の記憶をいじったり、破壊された街や城を直す役目に追われた。
ここでやっと転生者としてのチート能力が役に立ちそうだと喜ぶ。転生という輪廻で受けたこの力は上手く表現する事すら出来ずにいた。地上に降りて人間の言葉を深く知るうちに見付けた単語『省エネ』、これが一番しっくり来る。
術をかける為に使う力が極端に少なくて済む謎の能力だ。
気付いてからずっと悩んでいたのがバカらしくなるぐらい、僕とアークに必要な力だった。
転生者と分かればアークは僕をいつか殺すかも知れない。
いつか僕が何かしたらアークに殺されたい。
どちらでも構わない、それぐらい今は……――】
「お、終わ、終わり? 最後、なんて、何を」
「ちょっと落ち着いてよ! とりあえず重い! 降りて!」
「……ごめん」
「フフッ、いいよ」
「この前から少し変だったから、急に帰ったから」
「うん。アークがソワソワしてるから普通にしようと思ったんだけど、意識したら挙動不審になっちゃった」
「俺はカリスが性欲を持て余しているのかと、だからルルから習って人間的に解消してやろうと思って」
「なんで?! どうしてそうなったの?!」
「そう見えたから」
「ホントもう、なんなの! ……って、大ハズレでもないから怒れないかな」
二人で並んで座り直した所だった。立ち上がって、もう一度座り直してみた。落ち着かない。
「そ」
「あの魔王発生の世界にいた聖女、本物の方ね、あの子が似ててさ」
「あ」
「水晶から出してあげる時に、こう、間接的に触ってるみたいな変な感じ? でもあの子は魔王と結ばれた聖女、僕じゃないのも分かってて、うーん……なんて言えばいいのかな」
「……そうか」
「うん、まあいいよ。なんか食べに行かない?」
行こう。今、俺が唯一してやれる事、食欲を満たしてやろう。
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