クレーム処理

「ねえ、テレビの取材だって、ウケる」

「受けるのか?」


「受けないよ。僕達と生で話せるのはこの配信だけってコトにしとく。その方が注目は集まるよ」

「そうか」


 暇潰しに描いた色紙も全部配り終わった所で、二人で書き込まれたコメントに目を通していく。本当は色紙をプレゼントするのに公平になるよう、配信が終わってから何かする予定だったらしい。もうもう言いながら怒られた。

 それでも笑ってるなら、まあいいのか。


「ねえアーク、夜の配信は……は? なに?」

「来い」


 胸に飛び込んできたカリスを抱えて部屋の天井を突き破る。

 白い攻撃が後ろからカリスの脚を、俺の髪をかすった。アイツらか、初日に縄張り主張してきた野生動物みたいな奴らだ。


「ごめん、色紙配りからけられてたのかも! 変な感じはしてた! ごめん!」

「いいよ、仕方ない」


「お前達、浮かれ過ぎだぞ」

「ホント目障りなんだよね」


 真っ白い天使が二人、しっかり下から狙ってきた。小柄な長髪とデカい奴だ。

 両方俺より上位の天使か。長髪は上位どころじゃないな、ラファエル様の直属じゃないか。左手の指輪が太陽の光できらめく。


「アーク、今日は登山日和、人がいるかも。海まで逃げて」

「移動だな、了解」


 逃げるんじゃない、移動だ、人間が少しでも危ない事は……しまった、速いな? 真っ正面で待ち構えられてた、叩き付けられて海に墜落、ここまで来れてたならまだマシか。

 防御の壁を丸く作っておいた、海中でも何とかな……いや、何とかなってない。俺達が落ちた衝撃で小魚が、大きい魚もゆっくり漂って浮いていく。死んだのか。

 自分の力がピリッとしたのは分かるし、カリスが体を縮めたのも感じた。


「離れるなよ」

「うん」


 俺達が浮き上がって行くのを上で二人が待っている。

 空なら人は居ない、空まで一気に、揺れて輝く水面、あと少しの所で巨大な炎の手に捕まった。爆発する蒸気を貫く、貫けない、完全に握られた。

 布を一枚、首に巻いてカリスを隠す。俺が燃え尽きても大丈夫な頑丈なヤツを……腹が立ってきた。


 何なんだ、別に悪い事はしてない、していたとしても俺達に罰を下せるのはお父様だけだ、お前らじゃない。無理矢理でも上に飛ぶか?


「アーク、船!」

「クソが」


 さて、動けねえ。燃やし尽くされる前に、その前にカリスだけでも、何をどうする?

 人間は山にも海にもいる、空にも飛行機がいるじゃないか、クソ天使が、何考えてんだ、巻き込んだら人間なんて簡単に死なせてしまう、お前らが罰を受けるんだぞ、バカなのか?


 ……そうか、そうだ、どのネックレスがどれだ?

 分からないから全部握る。ついでに首の布の中に左手を、肩にくっついてる手のひらサイズのカリスに手を添える。


「アーク?」

「カウントダウンで防御を消せ、俺の体に重ねてくれてるだろ?」


「分かった」

「……来た、3、2、1……」


 一気に体が焼けた。向こうからは防御が尽きて負けた天使に見えてんだろ、笑ってやがる。


「ルミナスにアリス、何をしているのかな? さてアークかい、私を呼んだのは」

「はい、お父様。俺が呼びました。何もしていないのに殺されそうになったので人間と自分を守る為、俺がお父様を呼びました」


「なるほど可哀想に、ボロボロだね。おいで」

「はい」


 アイツら、ルミナスとアリスっていうのか、覚えた。

 お父様は俺達と同じぐらいの大きさで来てくれた。体中の痛みが近付くだけで癒えていく。だから痛くて震えてるんじゃない、自分でやったクセに顔も上げられない、どうしたら良いか分からなくて震えてる。


「ルミナス、今すぐラファエルのもとへ。アリスも連れてきなさい。話があるよ」

「……はい、お父様」


 様は無えざまあねえ……けど、どうする、俺もか? お父様は味方にはなってくれた、何を、なんて、どうしよう?


「アーク」

「はい、お父様」


「カリスもいるね」

「はい、います」


「ケンカの仲裁に私を呼びつけるとは」


 あ、これ俺死んだかも。


「愉快だね。こんな事は久し振りだよ、何百年振りだろう。素直に甘えてくれる子供達が生まれていた事を嬉しく思う」

「……はい」

「はい」


「戻れば私はまたしばらく動けないからね。気をつけるのだよ」

「はい、すみません、ありがとうございました」

「はい」


「ンフフ、二人とも良い顔になったね」

「え?」

「はい、お父様」


 サラッと涼しくて重い光の砂に包まれた。光は海へ青空へと消えていく。

 いつの間にか元の大きさに戻ってたカリスと二人で長い長い深呼吸。長い長いタメ息も……ヤバかったな。


「……アークさ、あれワザと?」

「……うん?」


「燃やされてイジメられた助けてパパ! ってコト?!」

「うん、フフッ」


「カッコわる?! なにそれ?!」

「いいだろ別に、怪我してないか?」


「しなかったけどさ! なんか僕だけ燃えないようにしてくれてたでしょ?! ありがとね?!」

「うん」


「……お父様も笑ってたね」

「そうか? 怖くて見てない」


「ホントなんなの?」

「なんだろな?」


 生まれて初めて死ぬほど笑ったかも知れない。腹が痛い、息が苦しい、それでもカリスを見ると笑ってしまう。無事で良かった、罰も無かった。

 この少し小さい天使を守りたいような、助けてやりたくなる気持ちはカリスが俺に色々としてくれるのと同じだと思う。少し気持ち悪いけど、きっと気持ち悪いぐらいでちょうど良い。俺とカリスが仲良くすると人間の女は喜ぶし。


「うん」

「今度はなに?」


「男を喜ばせるにはどうしたら良いのか」

「……え?」


「あ、違う」

「ええ?」


「いや本当に違う」

「えええ、そうだったの? だからルルさんに冷たくしてる? BL読まないのもたかぶるからとか? もしかして僕のコト狙ってる? ごめん無理」


 カリスの誤解を解くのは家までかかった。言葉が少ないと言われてから頑張っていたのに、言葉は難し過ぎる。

 天井を直してやるとコーヒーを淹れてくれた。ソファーに落ち着く。


「はあ、邪魔が入ったね。あ、そういえばさ、目障りって言われてた?」

「うん」


「僕達、なんかしちゃいましたー?」

「転生者かよ」


「ただ仕事に集中したいだけなので山にこもりますねー」

「それでも巻き込まれたな」


「意外と転生者も最初は本気でそう思ってるのかもね」

「そうだな」


「……うーん」

「どうした?」


「コッチも巻き込まれ、っていうか炎上中、大炎上だよ」

「『天使は偽物』『本物』『ウチに来た』『証拠もない』『全部夢』『腐ってやがる』……俺達が嘘だと書き込まれているのか?」


「そうだねー、そうなるかー」

「じゃあ、この信じてないコメントを書き込んだ人の所へ行こう」


「そうかー、そう来るかー」

「うん」


 カリスがまとめてくれた行き先を眺める。北海道から沖縄まで、結構いるな。滞在時間一人30秒、移動に数秒ぐらいなら夜の配信までには帰って来れるらしい。この島はこじんまりしていて助かる。

 持ち物は俺がサラッと描いたカリスの絵、それを大量にコピーした。これを訪ねた証拠として置いていって……何かの役に立つのだろうか?


「じゃ、行こっか」

「はいはい」


「帰りに何か美味しい物買って帰ろ?」

「うん」


 言葉通り、北海道で買ったメロンと沖縄のサーターアンダギーまで、47都道府県の色んなお土産を食べながら配信終了。

 俺達を好きだと、面白いとフォローしてくれた人間の数が今夜で10万人を越えた。

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