単身赴任
とりあえず切羽詰まってそうな世界へ向かう事になった。誰かがお父様に願い作らせた世界をこうも簡単に潰されそうになるのは腹が立つ。
「ここが一番マズそうかな、さっきガブリエル様が言ってた魔王と聖女が増殖した世界。本当は魔王と聖女で一組のカップルが出来るはずなのに、もうどの魔王がどの聖女とくっつくのか分かんなくなって戦っちゃってる」
「バカだな」
「それで普通にここで静かに暮らしてた人間が巻き込まれて殺されまくってる」
「分かった」
「もう全員真っ白に消そっか。家族や友達が死んじゃった記憶なんか要らないでしょ」
「いや、どう思う? 楽しかった事もあるかも知れない。忘れたくない事も」
「……一人ずつ確かめる?」
「……ごめん、忘れていい」
「今まで通りで行こう。今から変えちゃったら僕達がここまでやってきた事がゴミになるよ」
「ごめん」
音も無くカリスは消えた。少し怒ってたと思う。
自分でも何であんな風に言ったのか分からない、分からないけど俺は今……魔王城に飛び蹴りで飛び込む。
「誰だ?!」
「天使?! そんな設定あったか?!」
「聞け。この槍で殺せば虫か動物に転生する。人では無い命を繰り返し前世の記憶が薄れた時、またどこかの世界で人間に生まれ変わるだろう」
「なに?!」
「俺達を殺す気か?!」
「その時まで」
「おいお前、今は違う、敵はあの天使だ!」
「生き残る魔王は俺だ!」
「ご機嫌よう、クソどもが」
訳の分からない感情に任せて殺せたのは三人までだった。どの世界でも魔王と名の付く生き物は強い。翼と腕を傷付けられた。
対、十三人の魔王。コイツら十六人もいたのか。
翼を消す。
「ヤベえのか?!」
「おい今だけ協力しろ! 天使を殺せ!」
うるせえな。
魔物を呼び寄せたらしい。細かいのが沢山飛んでる。関係の無い命に用は無いし、もしかしなくても中身は転生者だろ。クソな魔王に訳も分からず操られる普通の
浮いている魔物を地面に落とす、地面に居る魔物と一緒にただ押し付ける。動けないだろ、そこは安全だ。
斬りかかってきた魔王は槍を向けるだけで勝手に貫かれた、あと十二。
背後に回った魔王に魔王が刺さったままの槍を飛ばす、あと十一。
逃げようとした魔王は術で拘束、振り回して勢いを付けてから適当な位置にいる魔王の頭を狙って叩きつける、あと九。
黒い
「アーク?! 落ち着いて!」
「……あ」
カリスの声、手元に俺の槍が来て浮いた。冷たくて暖かい、掴む。そうだ、落ち着け。
残り九人の魔王の目が一斉にカリスに向く。俺より小さくて弱そうに見えるんだろ、バカだな。黒い球の向きも変わった。あの球は触れた場所を消すらしい、膨張する間に近くの豪華絢爛な壁が消えてた。
カリスが使おうとしてる術は防御か、だったら俺は突っ込むだけだ。
全員が黒い球を大きくする事に集中しているのは、あわよくば隣にいる邪魔な魔王も消すつもりか。本当にバカだ。
カリスの防御を身にまとい、槍を構えたまま球の真ん中をブチ抜く、あと八人。
堪えきれず球をカリスに投げようとした魔王の首を通りすがりに落として、あと七人。
そのままの勢いで同じ高さにいた魔王の体を縦に真っ二つ、あと六人。
前を通過する瞬間にカリスから投げられた細い剣を受け取る、なるほど、球を消して逃げるのか背中を向けた魔王のうなじに向けて投げる、あと五人。
やっと球を投げる気になったか、カリスはあっさり避けた、魔王城の右半分が消し飛んでヤッターと喜ぶ魔王は斜め上から串刺し、あと四人。
「アーク!」
「ん?」
壁が崩れた、分かった、城自体が崩れそうだ。
串刺し魔王を引っこ抜いて
「ちょっと待って! 俺はただ可愛い聖女と」
うるせえよ、喉を突いて後ふたり。
「なんで、だって、せっかく、やっ」
黙れ、あと一人。
「お、俺が本物の魔王だ、俺を殺したら物語が
しない。
魔王は片付いた。気まずいけどカリスに振り向く……魔王のうなじから剣が抜けないのか、なんか足で押さえてグリグリしてる。手を重ねて抜いてやる。護身用と言いながらも、ちゃんとした良い剣だった。
「ああ、ありがと。アークは馬鹿力すぎだよ、こんなのよく刺さるね」
「……コツがある。ごめん、槍で殺してないのが二人いる」
「うん、仕方ないんじゃない? 次は聖女行こっか。もう聖堂に閉じ込めてあるからサクッとやっちゃおう」
「うん、掴まれ」
カリスと魔王城の真上へ飛ぶ。聖女の気配はこれか。本物には無い雑味が混ざった気持ち悪い気配がザワザワしてる。
「この世界の聖女は回復全振りみたいな感じだからさ、一列に並べてサクーッて貫いちゃう?」
「そうだな」
「あれ? 怪我してんじゃん? 熱くなり過ぎだよ」
「しくじった、ごめん」
喋りながらカリスが腕を治してくれてる。自分で治せる事も痛みも忘れてた……情けねえ。
聖女達は言われた通りに並べて貫く。こないだカリスが食べてた焼き鳥みたいだった。
「後は封印されてる本物を出してあげよっか」
「魔王なんか出して良いのか?」
「元は優しいドラゴンで人間の迫害で魔王になった、ていうか呼び名が魔王になっちゃった設定なの。大丈夫だと思うよ」
「なるほど。行くか」
魔王は岩壁の中にねじ込まれて死にかけてた。出してやったのはカリス、治したのは俺。これは確かに穏やかで紳士、深い紺色のドラゴンからヒトガタの姿になって礼を言われた。
次は聖女。コッチはいかにも女がやりそうだな、六角形の水晶の中に閉じ込められてた。
「なんと
「了解した。出せるか? ……カリス?」
「……あ、うん」
輝く黒髪の一本一本を、細い指先を、華奢な体を、カリスの術が丁寧に取り出してやってる。こういうのが出来るようになるには、どれだけ練習すれば良いんだろうな。
ゆっくり開かれた薄いまぶた、黒い瞳は最初から潤んでた。言葉もなく魔王の腕の中に飛び込んでいく。
完全なハッピーエンドだ。俺達がここまでする必要は無かっただろうけど、なかなか……。
「カリス?」
「……うん。次行こうか。次は、勇者が増えてる。術は使えないけど勇者補正で、うん、なんか強いと思う」
「どうした?」
「どうもしないよ、行こ」
魔王と聖女の礼も祝福もろくに受けないまま飛び立つ。カリスの様子がおかしい。
「カリス、今の魔王レベルに面倒な世界はあるか?」
「どうかな? 数だと次の勇者が一番多いかな。後は……うーん、いつも通りというか、うん」
「じゃあカリスは先に地上に帰れ」
「……はあ?」
「ここと地上では時の流れが違う、んだったよな? 早いか遅いのかは知らない。だからこそ向こうでやってる事を途切れさせないように、先に帰っておいてくれ」
「一人で? アーク一人で? 色んな意味で危ないでしょ?!」
「ルルと組む。呼べばスッ飛んで来るだろ。アイツの相棒も少し休ませてやりたい。今回みたいに一気に転生者を狩るなら無茶な使われ方をされてそうだ」
「……言葉が足りなさ過ぎるよね。クビかと思った」
「それは違う、絶対ない!」
「分かったよ、大丈夫。地上でソラの仕事を続けておく。主にコメントとフォロー返し、沢山描いてくれた落書きを小出しにして、二話からのプロットを組みまくってネームぐらいまでやっとく。こういう事でしょ?」
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