来客対応

「さっき金の代わりに出してたカードは?」

「クレジットカード。毎月の支払いとかに指定されてたりするから作った」


「へえ」

「日本で生まれ育って家族は最近みんな死んだ天涯孤独の若者二人、っていう戸籍を作ったの。紙とデータをちょいって入れたら済むと思ったらさ、生まれてから検診とか予防接種とか学校とか税金、結構いろんな生きてる証が必要でビックリした」


「……そうやって記録をつけて大事に生かされてんのにな。なぜ人間は死んだら自分勝手に行動しようとするんだ?」

「なに、難しい話? そういうの気にしないでイイと思うよ」


 そうか、と返そうとして止めた。イタリアンレストランの真上、星の少ない夜空の中。

 今は俺がカリスの盾になる場面だ。

 また下から上へ、バカデカい白い弓矢がブッ飛んできた。人間に当たらないよう気遣えるなら攻撃で挨拶するのは止めて欲しい。


「アーク?! あ、ルルさんだ」

「……うん」


 矢の次は本体、真っ白い天使が突撃してきた。

 カリスは手を振ったりしてるけど仲が良いと勘違いされるから止めて欲しい。あ、でもルルから地上の何かを聞いたとか言ってたな。

 仕方ない、突っ込んできた体を抱き止める。


「なんなの?! 天使の姿を人間にさらして!」

「別に、お父様を助ける為の手段だ」

「あのルルさん、僕が色々とやってます」


「私も地上に下りてるって聞いてたんでしょ?! なんで会いに来てくれないの?!」

「別に、用事が無い」

「あのルルさん、アークに会いたいなら会いたいと言ってくれたら」


「ひどい! 用事なら作ればいいでしょ?! 向こうで仕事中にすれ違いそうになっても逃げるし!」

「別に、逃げてはいない」

「ああルルさん、それ逃げてますよ。たまに急いで次の仕事に行こうとしてたから」


「ほらあ! ほらあ?! ホンット酷くない?! アークの為に女の子っぽくしてるのに!」

「別に、頼んで無い」

「アークひどーい」


 こうやってカリスは誰とでも当たり障りなくやってきたんだろうな。俺にだけ当たり障りあるのは何なんだ。

 叫ぶ度にバサバサ顔に当たるルルの翼はそのままに、もう面倒だとしか出て来ない。助けてカリス、目が合ったぞ。


「フフッ、あのルルさん、そちらはどうですか?」

「はあ?! ああゴメンねカリスちゃん、特に変わりないわ。異世界にハマってる人間を抱き落として洗脳してる。それよりカリスちゃん達のアレは何?」


「秘密です」

「ホントにアークが描いてるの?」


「それは本当ですよ」

「凄い! 凄いんだけど私に何で教えてくれなかったの?! なんで私が知らない事をカリスちゃんに先に教えるの?! ホントはこういう細い男の子が好きなの?! 女じゃないの?!」


 もう俺に戻ってきた。カリスは笑い過ぎだ。ケツかな、とか余計な事を言わないでスマホをしまって助けて欲しい……あ、コメントを返してるのか。仕方ない。


「分かった、うるさい、好きだ。相棒はどうした?」

「……へ?」

「あい! ここです、あいぼうです!」


 ルルの翼の中から羽根二枚分ぐらいの小さな天使がニコニコと飛び出してきた。小さ……小さ過ぎじゃないか、前に見た時は普通の天使だったはず、名前は忘れた、生まれたての天使ぐらいまで戻ってるじゃないか?

 パタパタと俺の頭に乗った所をルルに叩き落とされた。俺に触るなってどういう事だ。空中で拾って肩に乗せてやる。


「ルル、酷使し過ぎだ」

「ご、ごめんなさい、私が殺す役だから仕方なくて……そもそもアークが私と組んでくれたら……」


「お父様が決めただろ」

「……あそこで『心に決めた人がいるのでその人と組む』って、その……」


「それは無い、決めてなかった」

「……いま好きって言ってくれたのに……」


 面倒な目をしてるけど静かにクネクネしてるだけならそれで良い。

 それよりコイツだ。肩にいるルルの相棒天使に手を添える。放っておいたら落ちそうだ。強い術を使わせ過ぎればこうなる、もう何もかも忘れて無垢な天使に戻ってしまう。なんというか、それは可哀想な気がする。


「ルル、どんな天使にだって……ん?」

「……あら」

「あ、呼ばれてるね」


「カリス、俺が飛ぶ」

「だいじょぶ?」

「……あの、私も……」


「ルルは自分でやれるだろ。相棒を連れて飛んでやれ」

「……はい、じゃあ向こうで……」


 あっさり引いてくれたな、助かる。俺達を呼んでるのはガブリエル様だ。ルルはウリエル様だったか、向こうでは会わないで済む。

 それよりカリスが何かしようとしてるのを止める。


「なんだ?」

「あ、スマホとか財布とかコッチの世界の物をウチに送っとこ、みたいな」


「貸せ」

「お願いしまーす、フフッ」


「なに?」

「過保護になったね。そんなに心配しなくても僕はちゃんと調整出来てるよ」


「それでも結構縮んでる、気付いてしまったんだ。申し訳ない」

「わ、謝った、面白いね」


「行くぞ」

「出来る?」


「……多分」

こわっ」


 多分、出来るはず。いつ習ったかは覚えてないけど、こればかりは先生に捕まって叩き込まれた術だ。

 それぐらい大事で天使は知っておかなきゃいけない強い術……『帰る』。

 全力で蹴り上げられたみたいに跳んで、飛んだ。

 すぐに落ちた。


「騒々しいですね、アーク」

「……すみません、ガブリエル様」

「あ……アタマ千切れたかと……ねえ僕の手足ちゃんと付いてる?!」


 ガブリエル様の足下だ。

 術も着地点も間違ってはいなかった、お父様がくれたネックレスも身に付けてた、カリスも守れた気がする。

 それでも体の中がボロボロだ。失敗に限りなく近い成功だと思う。動けねえ。


「騒々しいですってば、カリス」

「わ、ガブリエル様、ただいま!」


「お帰りなさい。わたくし達から地上へ送っておいて悪いとは思ったのですが、呼ばせて頂きました」

「はい、なんでしょう?」


「これを」

「……転生者のリスト、という事は」


「少しこちらの方を片付けて貰えます? 地上に精鋭を下ろし過ぎてしまったようです」

「了解です!」


「ありがとう。みんな頑張ってくれてたんだけど増え過ぎちゃって。ほら、この世界なんて転生者が何十人も前世を思い出しちゃって揉めてたり」

「滅びそうですね、ウケる」


「こちらは魔王も聖女も何十人かしら? 本物は封印されてしまったそうよ」

「チートですね、厄介。行こうよアーク」

「……ん」


「お願いしますね。他の組も呼んでいるので失礼」

「はーい、任せてください!」

「……はい」


 ガブリエル様が消えた。すぐにアークがひざまずいて俺の中身を治してくれてる。大聖堂で死にかけてるとか有り得ないぐらい……。


「カッコわる!」

「……ごめん」


「慣れないコトするからだよ。僕はルルさんのトコみたいにあんな極端な減り方はしない。ちゃんと習ったし使いこなしてる」

「うん」


「どう?」

「治った」


「良かった。あのね、僕からしたら今はアークが居なくなられたら困るんだ。だから全力でサポートする。どれだけアークがかばってくれようとしても術は僕の方が強いんだから任せて欲しい」

「……分かった」


「フフッ、アークの術は乱暴過ぎるんだって。ホントに体が千切れたかと思った。優しくね、死にやすい人間を包むような感覚で術をかければイイと思うよ?」

「そうか、なるほど」


「行こっか」

「うん」


 カッコ悪い、なんの反論も出来ない。地上に帰る時に教科書の一冊でも持ち出したいぐらいだ。

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