帰社
言葉が足りない、か。そうかも知れない。
しがみついて来るルルは言葉が多い、うるさいぐらいに。
「アーク! 本当に呼び出してくれるなんて思わなかった! 嬉しい、大好き!」
「資料はお前に任せる。名前は?」
「あい! 名前は無いです!」
「今回だけなんて言わないでもう組みましょ! そうよ四人一組でも良いじゃない!」
「じゃあ……『ダイ』はどうだ? 敬語みたいなのは要らない、普通にして構わない」
「ダイ! わーい! よろしくアーク!」
「カリスちゃんとも仲良くやれそうだし私の天使人生がやっと花開くわ!」
「よろしく。では行こう」
「あい! 次は冒険家に転生したくせに国を乗っ取って国王になってオバカな政策ばっかりやったオッサン! 国民瀕死だよ! れっつごー!」
マンガだってカリスがネームという作業を引き受けてくれなかったら描けなかった。俺はセリフも物語も書けない。
「アーク、民の記憶は消したわ! みんな私と同じぐらい幸せよ!」
「次は?」
「ほのぼの獣人ランドを万能催眠でむちむちケモ耳ランドに変えた海山川工業高校二年生? クラス全員? どういう意味?」
「分からなくても大丈夫だ。四十人弱という意味でクラス単位で転生してきたんだ。中に一人厄介なヤツがいるぐらいか」
「アーク
「れっつごー!」
戻ったカリスは、まずコメントやフォローを返す作業に入るんだろう。これも言われなければ分からなかった。
話しかけて返事があると嬉しい、だから応援したくなる、ただそういう流れを作る為だけにやり取りをしてるらしい。マンガだけでは力及ばず、という事でも無いみたいだが。
「アイツ私にも催眠かけようとした! ムカつく!」
「はいはい、お疲れ。次は?」
「追放されたはずのお姫様が前世の記憶から会社を
「キャー! アークの視界に入ったわ!
「はいはい」
分からないのが普通だ、永遠に分からないと思う。自殺の理由としては、一度転生できたならもう一度死んで地上とは全く違う世界に行きたい、といった所か。問題は元になった姫という転生者だ。なぜ同じ世界を……。
「ルル、この世界の者達を別の世界に飛ばせるか?」
「出来るわ! 出来なくてもやるわ! ……え、全員を?」
「全員、一人残らず」
「……行った先で迷惑にならないように人数を調整しながら、とかなら大丈夫かしら?」
「地上そっくりになる前の世界へ、ここに来た者達が最初に望んだ世界に近い所へ。家族や友人とも離れさせず、出来るか?」
「ダイ、探して」
「あい! 似てる世界ならこんな感じだよ。百個ぐらいあるね」
ルルが踏ん張る度に人の気配が消えていく。
この状況を見たカリスなら何というか考えながら元凶の姫をザクザク刺して、俺が辿り着いた答えはこれだ。
この地上に似た世界はいつか必要になる、必ず使える。
三人でかなりの数をこなしてダイがコテンと眠った所で休憩にする。ルルまでウトウトしている、それはそうか。
元々の才能なのか、文武両道とはルルのような天使の事だと思う。術はカリスより遅いし、弓矢は俺より弱い。それでも両方そこそこ使えるのは素直に羨ましい。俺がこういう感じになればカリスは楽だと思う。
「……ルルしゃ……ん」
ダイが寝返りを打ってルルに引っ付いた。枕にしていた資料をパラパラめくる。邪険にされても乱暴に使われても下位の天使は何も言えない。確か反抗するだけで罰があったはず。
慕われているじゃないか、大事にしてやればいいのに。
ページをめくる間にも他の天使が片付けた仕事がサラサラと砂になって消えていく。武器を使わず殺して良い転生者の案件も次々と、サラサラと。
……その砂を寄せ集めて白い紙を作る。元が紙みたいな物なら簡単だ。その辺の土、草、花から色を作る。紙に色を乗せていく。
大の字でヨダレを垂らして眠るルルと、その横乳に顔を埋めてるダイを描いた。
「……上手いな、俺」
よし、帰ろう。
ガブリエル様からは特にどこまで殺してくれと細かい指示は無かった。それを良いことに帰ってしまおう。後から何か言われたら聞いて無かった、それでいい。
「カリス」
「わ、なに?! 血?! アーク?! なにしたの?!」
「帰ってきただけだ、ただいま」
「ちょっと動かないで?! おかえりなさいね?!」
「向こうは一日も経ってない様だったが、どうだ?」
「こっちは三日だよ! ちょっ、やだ、腕取れてるよ?!」
「大丈夫だ、ちゃんと持ってる」
「ギリ首は繋がってて良かったね?! 足も?! 足ブラブラじゃん?! ルルさんは?!」
「寝てた」
「わー?! 全部治すからちょっと黙って!」
地上へ帰る度に死にかけていたらカリスにも迷惑だし、俺も危ないな。もっと練習しよう。
暖かいコーヒーを淹れてくれたからソファーに落ち着く。テレビは観たこと無いアニメが流れてて、ノートパソコンはここが定位置になったみたいだ、スマホも開きっ放し。
「んで、どうだった?」
「相棒はカリスがいい」
「そうじゃなくて、嬉しいけどさ、お仕事は大丈夫だった?」
「山のようにあった、でも一斉にかかれば特に問題は無さそうだった」
「精鋭を地上に下ろし過ぎたって言ってたね。僕達も入ってたのかな」
「さあ、だとしたらカリスのお陰だ」
「どしたの? そんなにルルさん大変だった?」
「いや、良くも悪くも無かった。だから疲れたのかも知れない」
「そっか、お疲れ! お風呂でも入ろ?!」
「ん?」
有無を言わさず放り込まれた。たぶん俺を浮かせてる瞬間に風呂に湯が満ちた、ザバンと落ちる。
この感覚だ、これがいいんだ。
常に一手、二手先の俺が読まれてて身を任せても大丈夫だという安心感、子供が親を思うマンガにこういう感情が……俺は育てられてるのかも知れない。
一緒に飛び込んだカリスと仰向けに並んで縁に頭を乗せる。首、繋がってて良かった。
「ムッズかしい顔しちゃって、カリスは面白いね」
「いつもありがとう」
「え」
「あ」
「なに?」
「世界を一つ、確保した。この日本そっくりで電気もガスも水道もある世界だ。探せばテレビやパソコンも出てきそうだった」
「うん」
「似過ぎていて地上、ここの事だな、を思い出し自殺が流行っていた。訳が分からない。住人は全て他の世界に移して貰って解決とした」
「……それって……うん」
「要らなかったか?」
「……いや、要る」
「良かった」
ありがとう、と飛び付いてきたカリスを今度は俺が湯に沈める。これはもしかしたら……この何でもないジャバジャバしてるだけの状況を、俺は楽しいと思っているらしい。なるほど、楽しいのか、楽しいな。
……散々遊んで湯から出ると、ちょうど流れていたアニソンに合わせてカリスが熱唱してる。タオルまで振り回していて面白い。
そうだ。
スマホを向けてこのマークを押して……これぐらいで良いか。ちゃんとピロンッて言った。よし。
ログインしとく、と言っていた。触ると……おお、出てきた。これが俺達のアカウント。何か一言付けるモンなのか? じゃあ『カリス』、あ、ダメだ、ここを触ると消える、よし。『ツバサが歌っている』……まあいいか、これで。
パソコンをポチッとすると、いきなり2話のネームが出てきた。俺がすぐ手を付けると思って、いや、すぐ描けという事だな。ポチポチ見ていく。俺が絵をハメていけばすぐにでも完成しそうだ。
何より描きたい、このコマはこうしようと頭の中にもう浮かびまくっている。カリスは凄いな、自分でも描けば良い……なんだこれは?
「カリス、これだけが分からない」
「あ、ウサギさんだよ」
「ウサギ、だと?」
「なんかこう、閑話休題みたいな? そのコマはカリスが好きに描いてよ、花でも何でも、え、なに? どしたの? 笑ってる?」
「……うさ、ウサギなのか、これ、ちょっと……」
「え、爆笑?」
「……ば、バケモノ、ナメクジの魔物、ウサギでは無い、うさ……」
「え、酷くない?」
腹が千切れるかと思った。絵は上手いと下手がある。得意と不得意だ。
カリスは下手クソだ、これは確実。楽し過ぎるな。
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