転職
今パソコンに描いたのと同じ絵じゃ芸が無いな。何にしようかと色エンピツをトントン、カリスは両膝を床に付いて俺の手元と同じ目線になって待ってる。
……ああ、目の前にちょうど良いのが居る。マンガっぽく異常にカッコよくするか。
そういや護身用に
「は? これ僕?」
「うん。細いからムキッとさせて色々したけど、これはカリス」
「……よし、決めた!」
「うん」
「アークはマンガを描いて! 僕がプロデュースする!」
「だいぶ分からない」
「何か描きたい物語ある?」
「いや、普通は無いと思う」
「じゃあ僕達をマンガにして描いてよ!」
「待て待て待て、新しい世界作ってどうする、なんていうか、俺達は取り締まりに来た訳だろ、妙な世界を」
「だからだよ、妙な世界を取り締まる怖い天使がいるって人間に警告するの! アークは思いっきり描いて、僕が人間に読ませるから!」
「あ、はい……え?」
マンガで人間に警告するのか。そうか、読ませない様にするより読ませる方が楽か、そんなに悪くないのかも知れない。でもそれを俺が描く意味が分からな……あ、いや、これ、俺、絵上手いかもな?
立ち上がって少し離れて見てみると沢山読んだマンガに引けを取らない、隣でカリスが読んでたラノベの表紙でもイケるぐらい良く描けてる。もう少し色をちゃんと塗りたい。
うん、上手いじゃん。そんな気がしてきた、する。
白い紙をもう一枚取る。
術で黒い色エンピツの色をサラサラに砕いて思う線を張り付ける。いつか隣に座って燃え盛る宮殿を眺めてた時の横顔だ。一気に描けた、写真みたいに切り取った景色を描くならこの方法が向いてる。
次々に色を砕いて混ぜて、黒い線を頼りに紙に乗せていく。ここから赤を、もっと薄い赤を、濃い赤を。青空の青も色を混ぜながら、こすり付けるのも雰囲気が出て良いかもな。うん、悪くない。
「アーク、手で描くのとパソコンで描くの、どっちがイイ?」
「別にどっちでも」
「じゃあ……よし、パソコンで描いてもらう! 調べながらでも始めよ!」
「おう」
「順番にいくよ? まず登場人物はアークと僕、名前変えてね? で、関わる転生者は三人、だからモブも三場面に適当に何人か考えて。一人ずつ顔と体と服、持ち物、前と後ろ姿がいるかな。で、色塗って、設定も出来るだけ細かく」
「はい」
「出来たら教えて、僕も準備する」
「はい……モブ?」
「分からない時はスマホで調べて、これアークのだから。マウスの代わりに指でココをポチッて触ると検索出来るからね。文字はパソコンと同じキーボードにしといたから書けるでしょ。とりあえず今は『マンガの書き方』のページを開いておくから、これ見て」
「あ、はい」
一人ずつ描けとか面倒くせえって思ったけど、なるほど、後々が楽になりそうだ。カリスに従おう。
ていうか俺が主人公なのか、自分で自分を描くなんて難しいじゃないか、そもそも俺達は似てる、天使か人間かの区別……そうだ、難しくない。
沢山読んだじゃないか。分かりやすく読み辛くならないように、だ。
髪型や色を変えた所で戦闘中は、特に剣や殴る接近戦は誰の腕か足か武器かが判別しにくかった。あれは描き手が悪いと思う。目線を引いて全体を描くより、せっかく俺は本人なんだから俺の目線で描けばいいんじゃないか。
だったら人間は洋服で差を付けやすい、俺とカリスはそれより更に分かりやすくしよう。必ず身に付けてる物を手足に付けてやる、髪型も人間と
「……どしたの? 今度はなに?」
「何もしてないのにスマホが壊れた」
「フフッ、スマホは何もしないと画面が消えるよ。この横のボタンをポチッてしてね」
「お、ついた」
「……あのね、気持ち悪いって思わないで聞いてね?」
「うん」
「一回アークに思いっきり触っていい? なんかもうガマン出来ない、なんなのホント」
「どうぞ」
カワイイカワイイとしがみついて撫でまくられた。スリスリもされた。これは動物を可愛がる感じのアレか、俺がカリスのそういう本能みたいな物を刺激してるのか。されるがままに、なんか面白いからやらせておこう。
これも使える。カリスは人間みたいに感情豊かな天使、俺は無口というか喋らなくても良いんじゃないか。とりあえず設定だ、ゴリゴリにキッチリ作って……。
「……あれ?」
「……人間か?」
夢中で作業してた。先に気付いたカリスがバサッと翼を仕舞う。人間がこの部屋の側にいる。
部屋自体も森の木々の上に透明に作ったし、爆音で流れるアニメの主題歌も外には漏れない、中にある物も俺達も外からは見えないはず。
「……こんなトコに来ちゃうの?」
「ここどこ?」
「槍ヶ岳っていう山だよ。日本の真ん中ぐらいにあるから動きやすいと思って、でもここ崖の近くだよ?」
「うん、今までも
「……と、登山?」
「トザン?」
カリスがスマホの画面を見せてくれる。この険しい槍ヶ岳という山は険しいが故に人気があると、登山ルート、上級者向け、注意が必要、事故……これは。
「好きで登ってるって事か?」
「そうみたいだね、信じられない、人間は足で山に登って頂上を目指してワーイってするらしいね、なにこの風習? 癖? 病気?」
「いや、きっと意味が……」
「無さそうだよ?! ほらココ書いてるよ趣味だって! 趣味?! 登山は人間の趣味!」
「……何考えてんだろうな、人間」
「わざわざこんな山を、足踏み外したり迷ったりして死ぬ事もあるみたい……分からないね、人間は難しい。僕の作戦は甘いんじゃないかな? 上手くいくかな?」
「大丈夫だ、カリスは正しい。俺はあえて読ませようなんて思い付きもしなかった」
「……うん……あ、なんか迷ってるっぽいよ、あの人間」
確かに。地図を見て、周りを見て、もう片手に持った何かを交互に忙しく見てる。派手な洋服にデカいカバンを背負った人間が部屋の下をじわりじわりと通過した。
「どうする?」
「死ぬ運命なら助けても死ぬし、放っておくしか無いよね」
「だよな」
「このまま行ったら隣の山をまた登るだけなのに」
「山を下るなら逆方向か?」
「うん……あ、違うよアレ、
「趣味か」
「趣味の登山だ! 隣の山に向かってるんだ!」
カリスと顔を見合せる。
人間は予測不能で本当に奇想天外、賢い奴らもいるのにバカみたいな事をする奴もいると今思い知った。俺達のやろうとしてる事は……。
「大丈夫だ。多分こんな奴は一握りの変人だ。変人なクセにそういう奴に限って死んだら大人しく天国に落ち着いたりする」
「うん」
「俺達が相手にしなきゃいけないのは大多数の流行りに乗った人間だ。カリスはこの世界の事をよく調べて俺を導いてくれている。俺はそれを信じる」
「うんん」
「だから……」
「分かった! もう分かった! なんか恥ずかしくなってきた! 続きやろ! ありがとね!」
分かってくれたなら良いか。よし、続きを描こう。
しばらくしてからバサッとカリスの翼が開いて呼ばれた。
「……ねえ、今から人間の名前に慣れるゲームしよ?」
「なんで?」
「アークからもらった『カリス』は人間に軽々しく呼ばれたくない。はいスタート」
「はい」
「ソラ、マンガを描き始めて二日目だよ。どう?」
「面白い。カ……ツバサのコマ割りは全て埋めた。5ページ目までは完成したと言っていいと思う」
「わ、すごい」
「カツバサの下書きが良い。俺は絵をハメてるだけだ」
「えへへ、描いてるトコ見せて?」
「別に、好きに見ればいい」
ピロンッて変な音が響いた。いつの間にかアニソンは止めてて静かだ。
「なんだ今の」
「準備完了! アークは続けてて、僕の出番だ!」
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