出張

「この数百年、予想外に力を使ってしまっているんだ。こんなに若返ってしまったよ」

「……あ」

「……」


 頭にあった大きくて冷たい人差し指の腹が、ひざまずいてた俺のアゴを上げた。お父様の顔をまともに正面から見るのは初めてだ。透けるように白い、透けてるのかも知れない。

 誰かに似てるようで似てない。カリスにソックリな気もするけど俺にもよく似てる……確かに若い、幼くも見える。


「このままの勢いで転生者の相手をしていたら私が赤ん坊に戻ってしまう。だから急ぎ皆の力を借りたい」

「もちろんです、お父様!」

「はい、お父様」


「休憩は必要かな?」

「いえ、行けます!」

「必要ありません、行きます」


 隣を見る余裕なんて無いけど、カリスに悪魔みたいなシッポが生えてたらブンブン振ってそうだ。多分、俺も。


「では地上近くまで送ってあげよう。すまないね、頼んだよ」

「はい! 行ってきまーす!」

「はい」


 涼しい風に包まれて一気に落ちた。落ちてる? じゃあ飛ぶしかない。

 バサッと羽ばたき一つ、した所でカリスがゴチッと飛び込んできたから受け止める。


「アーク、見て! 上も下も星空だ!」

「……ああ、スゲえな」


「あ、分かった! コッチが本物の星、アッチが人間の街だ! 僕達逆さまじゃん?! ウケる!」

「……スゲえ」


「あ、なんか来た!」

「資料?」


「分厚い?! なにこれ?!」

「まあ頑張って」


 だんだん色んな事がはっきりしてきた。とりあえず寒い、四角い風船を作って引きこもろう。

 資料をめくるカリスが「僕も入れてよ普通こういうの僕も入れて作ってくれるんじゃないの」って言うから入れてやる。なんか集中してるからソッとしておいてやったのに違うのか。

 まあいいや。

 カリスのフンワリ具合を真似して術で椅子を作る。座った方が読みやすいだろ。机もあれば使うか? 使うらしい。

 じゃあ飲み物とか……何が好きなんだ? たまに血をペロッとしてるけどアレは美味くも不味くもない、適当に甘い物でいいか?


 普段は何してたんだろうな。若い天使は集まって遊んでるらしい。でもカリスの噂は学校で見たとか、本読みながら浮いてた子、ぐらいしか聞かない。変な奴だと心底思う。

 バサッと体を伸ばす。お父様に頭を撫でられた瞬間から翼が出ちゃってた気がする。触られるなんて思ってもなかったから何もかもが漏れまくった。心の中までスケスケだったな。


「うん、大体分かった。お父様は僕達みたいなのは面倒な片付けに専念させてくれてた。別の組が聞き取り調査をしてくれてる」

「へえ」


「アタマおかしい動きをする転生者みんなが『コレってアレで読んだ異世界だから』とか『転生だから好きにやるぞ』とか言うんだって」

「やっぱりアイツらには指南書があったのか」


「指南書かどうかは分からないけど『マンガ』『アニメ』『ラノベ』って言ってるみたい」

「この世界のソレを潰せば良いんだな」


「うん、新しい狩りだね」

「どこにある? サッサと行って片付けよう」


「世界中だって。この人間の住む本物の地上ぜーんぶにあるって」

「は?」


「性別も年齢も関係なく、マンガとアニメとラノベっていう物はものすごく浸透してるらしい」

「……記憶、いじるか? 二人でやれば何とかなるだろ」


 椅子からカリスがニヤッと俺を見上げた。あ、これは出来ない方のニヤリだ。ムニョンと術で椅子を広げてソファーにする。ついでにフカフカにしとこう、カリスの隣にボスッと座る。


「記憶消しながら地球一周する頃には、さすがに僕達も赤ちゃんに戻っちゃうよ。結構沢山住んでるんだよ、地上って」

「別に良くね? また空っぽから始めればイイだけじゃん」


「イヤだ!」

「え、ごめん……じゃあ、どうするか」


「ごめんなさい」

「いいよ、なんかゴメン」


 ガチで怒ったな、今の。なんか気に食わない事だったのか。

 でも、そうか……人間はそんなに増えてたんだ。俺ちょっとマズいかも。もう一回ちゃんと学校は行っておこうかな。


「じゃあ一個ずつ片付けよう。まずはそのマンガからだ。作ったヤツから辿たどって……」

「マンガは本なんだ。書いた人は何千、何万人。それを押さえても何万、もしかしたら何億冊が世界に行き渡ってるって」


「だったらその本を辿って……」

「作られた元を追っかけて辿り着くのは機械らしいよ。作った先には本屋がある、そっから一人ずつ探す?」


「アニメとラノベも同じか?」

「大体おんなじー!」


「お手上げじゃん」

「はい、手上げて?」


「うん?」

「うえーい!」


 上げさせられた手でハイタッチ、なんだこれ。

 ……本当にお手上げなのかもな、カリスが結論を出さなかった。どこからどう攻略していくかの見当もつかないなんて……じゃあ、やっとくか。


「いえーい」

「うえーい!」


「どうする?」

「どうしよっか?」


「とりあえず降りてみる?」

「ここは初めてだから優しくしてね」


「いや、俺も初めて」

「……なんかさ?」


 ソファーに預けてた頭をムクッと上げて、カリスが湯気の立つカップをポロリと出してくれた。茶色い飲み物が入ってる、良い匂い、甘そう、一口。


「僕達にしては結構ヤバくない?」

「ヤバい」


「絶望的に何も思い付かない、何から始めたらイイのかも分かんない、この現代の地上も二人して初めてとかさ、ヤバくない?」

「ヤバい、甘い」


「チョコレートドリンクだよ。甘いの嫌い?」

「嫌いじゃないけど喉が焼けそう」


「人間が作った物でチョコレートが一番好き。死んだ後の世界にまで持ってきてくれたコトは感謝してる」

「お父様が作ったんだろ」


「あ、そっか。人間はカカオを見付けて食べれるようにした……だけ……だ?!」

「どうした?」


 カリスが頭を抱えた、なんかジタバタしてる。もう本当にダメだ。


「人間にはそれぞれ才能があるじゃん? 生まれる時にお父様が付けてあげてるヤツ」

「うん? そうだな?」


「僕は根本的に解決するなら妙な転生者を作り出してる人間を何とかするしかないって思ってた。でもそれってお父様がせっかく付けてあげた物語を作る才能を否定する事になっちゃうよね」

「……ああなるほど理解した、それはマズいな。良くない、ダメだと思う」


「フフッ」

「うん」


「降りてみよっか、フフッ」

「そうだな、うん」


 地上にはどこかの世界で見た洪水のような、流れる光の道がある。赤い光がチカチカしてる高い建物の上、ここでいい、とりあえず着地。見下みおろしてキョロキョロしてたカリスが振り向く。


「うーん、金髪で青い目が多いかな。ここで地上に降りるなら変装がいるかも」

「面倒くせえ」


「じゃあアークが紛れやすいトコ探そっか。どうせどこから始めても変わんないよ」

「うーん」


「行こう、せっかくだしウロウロしよ!」

「はいはい」


 フワッと先に飛び立ったカリスから手を差し伸べられてる。手、繋ぐの? 子供じゃないんだからさ。

 まあいいや。

 変装か……カリスは真っ白だから何とでもなるんだろうな。髪も目も翼も肌まで真っ白。普通はそうなのにな。

 俺は人間に近過ぎる。翼は白いけど肌は人間みたいに色があるし、髪が黒いのも天使の中では少数派で目立つ。


「ねえ、あそこ、すっごいデカい街だね!」

「うん」


「夜なのに地上から明るい! ここはどうかな? 黒髪の人間もいるよ!」

「うん、まあ」


「……もしかしてだけどさ、髪色変えたりする術、忘れたりとか?」

「こないだまでは覚えてた」


「もう! この仕事終わったら一緒に学校行くよ!」

「うーん」


「とりあえずコレあげる、もう!」

「何コレ?」

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