恐怖の墨ボチャ

 アナログで漫画原稿を描いていた人はこの恐怖をよく知っているはずだ。

 頑張って下描きをして、ようやく線が決まった。よし、ペン入れだと意気込んだときに起きる悲劇。それが墨ボチャだ。


 アナログ原稿は一発勝負。

 ペン先に墨汁を適量つけて紙に線を描いていく。それは真剣勝負、Ctl+Zなんてない。ここでペン先に含ませる墨汁が多いと、紙に血痕のような墨汁の滴った後が出来てしまう。そこそこ慣れていても油断してやってしまうのだ。


 修正するにはホワイトといって白いペンキのようなものを筆で塗る。これがまた上から線を引きにくい。大事な絵の上にやってしまったらもう終わり、というほどの悲劇だ。


 これに類似するのが枠線を引くときの掠れだ。漫画の枠線を引くには定規を使うわけだが、紙に接する状態にしてペン先を走らせると、定規を離したときに掠れてしまい、汚れになる。

 定規の使い方にコツがあり、普段使う上下を逆にする。そうすれば、紙から少し浮いた状態になる。これで掠れができない。

 わかっちゃいるけど、時々間違えるので枠線汚れをつくってしまう。


 もっとひどいケースは墨汁のビンごと倒してしまうことだ。ペン先を浸しやすいように手元に置くのでつい手が当たってビンをひっくり返したことが何度かある。こうなると、紙も机も真っ黒、大惨事である。


 アナログ作業は途方もない苦労が必要だった。よくもこんなことまでして漫画を描いていたと思う。今ではデジタルで線を引くのも簡単だし、ペン先を自由に調整できて何度も描き直しができる。

 絵が上手い若い子が多いなと思う。ツールが使えたら上達が早いのだろう。


 余談だが、アナログ原稿の恐怖をもうひとつ。自室でせっせと原稿を描き、墨汁を乾かすためにその辺に並べて置いていた。そこへ家族が入ってきた。

 原稿を慌てて隠したいが、まだ乾いていない。ここで紙を重ねてしまえばインク掠れになってしまう。恥を忍んで原稿を守った。

 ヤバい原稿を描くのは夜中にしようと心に決めたのだった。



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