第2話 駿

広島の母から朝電話があった。

従姉妹の友ちゃんが結婚するらしい。

「………たんじゃろ?きちっとお礼言うときんさいね。あ、母さんそういえばアスパラ育てたんよ!採れたらおくったげるけぇね。ベーコンで巻いてから焼いて食べてみんさい。おいしいけぇ。まぁまた電話するけん。気を付けんさいね。バイバイ。」

「うん、また電話するわー。」

「あ!友ちゃんにおめでとう言うちゃりんさいよ!駿にも早よ彼女できりゃあええのにって言いよったんじゃけぇ。石原のさとみちゃんみたいなんができりゃあええのにからねぇ。まぁまた電話するけん!じゃあね!。」

「はいはい。じゃあね。」

電話を切る。

(なんであの年代は苗字と名前の間に、のを入れるんだろう…)

僕の性格はのんびりして内気だと思う。母にはあまり似ていない。少しキツネ寄りのこの顔は、父に似た。

シャワーを浴びてバイトに行く準備をする。

シャンプーとリンスを変えたけれど、なんだかキシキシ感が強い。

 カントリーロードで働き始めてから2年が経った。

最近では焼きもやらせてもらえるようになり、接客のバイト感覚だったのがいざやってみると面白く、このままその道に進むのもいいかな、と考えている。

昨日のクロワッサンはスカスカになったけど。

 店のTシャツをトートバックに詰めて外に出た。

働き初めの頃、店のTシャツを着たまま行くと、高川さんに、

「こっちで店のに着替えれば?アタシそうしてるよ。粉とかつくし。」

と言われた。それからは店で着替えるようにしている。

 今日もすごく暑い。都会なのにセミの声がする。どこにいるんだろう。そういえばこっちで見たことがない。

 山手線で代々木から新大久保に向かう。

広島ではJRしかなかったので全く迷うことはなかったけど、こっちに来た当初は本数と路線の多さに驚いた。何度も迷った。

痴漢だと騒がれているオジさんを見たのも初めてで、満員電車さえ初めての経験だった。

東京って感じがした。

駐車場代がバカ高いのも。

おかげでせっかく広島で取った車の免許も宝の持ち腐れだ。

 店に着くと高川さんが店の前の道を掃除していた。

反対側では韓国料理店のママさんが、店の前に打ち水をしている。

(ママさん汗びっしょり…。)

あれで何度下がるのだろうか。

逆に頑張りすぎて熱中症にならなければ良いけど。

高川さんと目が合う。

「シュンくんおはよ!置き代の方の拭きだけお願いしていい?」

「オッケーです。店長は?」

「今日は保育園。アリサちゃんの用事でしょ。開店には間に合うって。今木下さん焼いてるから置き台まきでお願いします。」

「わかりました、急ぎますね。」

 高川さんは一般的に見ても美人だと思う。胸も大きい。ただ高川さんに対して性的な感情を抱いたことは一度もない。

自分には恋愛経験がない。なのでもちろん女性の身体を生で見たこともない。AV以外では。

水着姿や母親を除いてはだけど。…あ、友ちゃんのは小さい頃にみているか。

 中学、高校の頃には何度か告白されたことがある。元々一人が好きだったので恋愛に対しての煩わしさもあったけど、なぜか僕はいわゆるミーハーというか、顔が一番重要だと思っている子にモテた。そういう子が昔から好きではなかった。まぁ初めは誰もそんなものかもしれないけれど、僕はとにかく個性的な、自分をしっかり持っていてそれがブレない女性が好みだった。

例えばすごく細いのになぜか男の子の相撲部に女の子が一人入っていたり、休憩中誰とも話さず一人本を読み耽っていたり、そんな子が好きだった。

 焼けたパンを置く台を急いで拭いて、陳列台にパンを並べる。この時の香りがたまらない。香水にしてもいいんじゃないかなと思う。

高川さんも焼きの手伝いに入った。

ここのアップルパイの林檎は長野のサンふじを使っていて、シナモンも強めで絶品だ。

午前中はそこそこの客入りだった。いつもウインナーロールを買っていくサラリーマンが今日は来なかった。今日は休みなのかな。

 僕は暖かい家庭に育った。年に一度は家族で旅行に行った。カープもたくさん見に行ったし、小学四年生までは父と母と川の字になって寝ていた。気がつくと僕が端に追いやられて父と母がくっついて寝ていることもあった。父と母がキスをしているのを見つけたこともある。母はとても恥ずかしそうだった。

 午後になり陳列棚にパンを並べていると、一人の女性のお客さんが目についた。

(うわ〜。)

潔いほどタトゥーがすごい。一瞬重ね着かと思った。

綺麗な顔をしている。なんだか悲しそうに見えた。怒っているようにも。

すると突然目が合った。

(やばい…。)

けっこうな時間見てしまっていたらしい。見とれたの方が正しいかな。

ビックリして会釈をして誤魔化した。

(バレたかな…。)

レジで近くに立った時、彼女の顔を見れなかった。タトゥーばかり見つめる。

(この花…彼岸花…だったっけ?)

右腕には女の子の顔と、昔のアニメか映画だかのキャラクターが入っている。確かグレムリンだったか。

財布はノーブランド。あまりこだわらない人なのかな。

支払いを済ませた彼女が店の外に出る。

顔をしかめて財布で仰いでいる。確かに外はとても暑い。

(あ…。)

ふとカウンターを見ると、これまたノーブランドのキーケースが置きっぱなしになっている。

少しの間迷って、高川さんに声をかけた。

「すみません。ちょっとお客さんの忘れ物届けてきます。多分まだその辺なんで。」

「はーい。間に合う?ダッシュダッシュ。」

「はい。行ってきます。」

急いで店を飛び出した。暑さも忘れている。

200メートルくらい走ったところで、後ろ姿が見えた。この距離でもタトゥーがよくわかる。

「すいませーん!お客さーん!」

彼女が振り返った。口が少し開いて呆けた顔が

かわいい。

美月ちゃんと出会えた。

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