第5話


「勇者…………ですか」


 ユリーチェとポルー、そしてヴィクティアがナルエス教の教会本部がある街・ユーベルまで向かっている道中。ユリーチェが眠ってしまったタイミングで、ポルーはヴィクティアに教団の内部事情を語り聞かせていた。


「はい。今までにこれほど女神様が気に掛けられた方はいませんからね」


 その内容は、教団の中でユリーチェの存在を勇者の再来だとする声が上がっているというものだ。ポルーはそれを当然の反応だと受け止めた上で、教団としての対応方針を話し始めた。


「しかし、女神様の御言葉から直接勇者だという話があったわけではありません。なので、教団としてそれを公認することはないでしょう。魔王が復活した、なんて話も聞きませんしね。二百年前の戦いを生き残った魔族はどこで何をしているのやら」

「そうですね…………」

「…………っと、話が逸れてしまいましたね。つまりは、教団の方からユリーチェ様に対して何か支援を、という話はできないということです。なので…………もし修道院でそのような声かけをされたら無視していただきたいのです」


 ポルーは困ったようにそう言うと、小さくため息をついた。


「最近では教団内でもきな臭い動きが多く、女神様も…………いえ、今のは聞かなかったことにしてください」


 わざと聞かせたかったのか、思わず何かを言いかけてしまったのか。その判断はヴィクティアにはつかなかったが、そんなヴィクティアでも教団も何やら大変そうだということだけはハッキリと感じ取ることができたのだった。









「着きましたよ。ここが我々ナルエス教団の本部・ユーベル大修道院です」


 ポルーの言葉と共にユリーチェの視界に現れたのは、王国の中でもかなり発展しているアルステル領でもなかなかお目にかかれないほど壮大な建造物であった。とはいえ、ユリーチェは自分の中にある玲の記憶で既にそれを知っていたので特に驚くこともなくそれを受け止めると、ポルーはどこか寂し気な表情を浮かべた。

 そして、こっそりとヴィクティアに耳打ちをする。


「…………ええと、アルステル領ではこんなのも珍しくないのですか?」

「いえ、そんなことはないのですけど…………」

「では、あちらの像などは如何ですか?」

「像?」


 玲の記憶では思い当たるものがないその言葉にユリーチェが反応を示すと、ポルーはようやくそれらしい反応が帰ってきたことに安堵しながら像の説明を始めた。


「像というのは、九人の英雄達の銅像のことです。九人の英雄はご存知ですか?」

「うん」


 九人の英雄というのは、魔王から人々を守った勇者たちのことだ。もちろんその九人の中には、ユリーチェの先祖である勇者西野坂玲とロザリェ・アルステルも含まれている。


「せっかくですし少し見ていきましょうか。あの像は魔王が討伐された後に女神様の御言葉により建てられた像でしてね。当時は女神様からこの世界への関与も多く熱心な信徒が多かったため、魔王軍から打撃を受けた街の復興なんかよりも力を入れられていたそうなのですよ。それ故に様々な抗議も呼び込んでしまったようですがね」


 そんな話を聞きながら像の方へと歩みを進める一行。やがてその像の前まで辿り着くと、自分の身体より何倍も大きいその像を前にユリーチェは息を飲むことしかできなくなった。


「凄いでしょう?真ん中に建てられているのが勇者様の銅像で、その右隣に位置するのがロザリェ・アルステル様です。更にその隣が───」


 ポルーの説明を聞きながら、ユリーチェの頭の中に思い起こされる玲の記憶。この九人の英雄たちは皆、玲の記憶の中に深く刻み込まれている人たちだ。中には魔王軍との戦いで命を落としてしまった者もいて楽しい思い出ばかりでは無いが、それでも大切な記憶だということが他人のユリーチェにもわかるほど鮮明に思い起こされていた。

 そしてユリーチェは、そんな記憶に耽っていると無意識のうちにこんなことを口にした。


「…………その後、どうなったの?」

「その後、ですか?」

「うん。魔王が倒された後、どうしたのかなって」

「なるほど。それはですね──────」


 ポルーがユリーチェに語り聞かせたのは、こんな内容だった。 勇者と共に魔王討伐を果たした英雄たち。最後の魔王との決戦を生き残ったのは、勇者を除くと四人だけだった。そのうちロザリェは自領に戻り、その後玲との子を宿していたことが発覚。しかしその時には既に玲は地球へと帰っており、両親や国の援助を受けながら新たに勇者西野坂の名を冠し自領の発展に務めた…………というロザリェの話は玲が女神デューネから聞いていたため、ユリーチェにとっては残りの三人のことが初耳となる。

 玲がこの世界に再び来ようとした一つの目的。長寿種であるエルフのマルルは、魔王討伐後直ぐにエルフの森へと帰って行ったそうだ。その後はエルフと人間との交流に尽力した───とポルーは語ったが、マルルの為人を知っているユリーチェとしては、それにはそんな子だったかなと少し疑問を抱かざるを得ない話だった。

 次に、勇者とも並ぶほどの力を誇っていた『風の旅人』。彼はどこかへと行方を晦ましたそうだが、マルルと仲が良かったことやエルフの森周辺に位置する村の噂話なんかにより、魔王討伐後はマルルと共にエルフの森へと行ったのではないかというのが通説だそうだ。

 そして最後の一人である、ネーベル・フォン・ルーゼンベル。彼女はロザリェと同じく自領へと帰って余生を過したそうだが、彼女に関して一つの疑問点があるとポルーは語った。


「九人の英雄が命を落としたのは、全員最後の魔王との戦いの最中だと言われているですよ。勇者様と風の旅人様は己の強さから、ロザリェ様は勇者様に守られたと言い伝えており、マルル様も恐らくは風の旅人様が守ったのでしょう。しかし、ネーベル様だけはよく覚えていないと言い伝えておりましてね…………」


 最後の戦い。ユリーチェは玲の記憶を必死に思い起こしてみたものの、玲視点の記憶ではネーベルに関するものはほとんど思い起こすことが出来なかった。

 とはいえ、彼女も、そして死んでしまった英雄たちも、勇者の一行となるに足る力を持っていた人達だ。いくら最後の戦いが厳しかったとはいえ、生き残ることに疑問が残るほど弱かった訳では無い。むしろ、本人がよく覚えていないなどと言い伝えていることが引っかかるところだとポルーは説明した上で、その状況を知る由もない我々では何の解決にも近づくことは出来ないと肩を落とす仕草をした。


「一説では、女神様自身がネーベル様に助力をしたのではないかという話もあるのです。実際、女神様はルーゼンベル家の援助になるような神託を多く残していますしね。もしかしたら、ネーベル様は今のユリーチェ様のように、女神様にとって何か特別な存在だったのかもしれませんね」


 そんなポルーの話を聞きながら、九人の英雄像を超えて更に進んでいく一行。やがて彼らが辿り着いたのは、その先に小さな部屋が広がっているだけの修道院の片隅だった。


「ユリーチェ様はここを覚えておられますか?…………なんて、覚えているわけありませんよね」


 ポルーは冗談めかして笑ったが、ユリーチェはその場所に見覚えがあった。とは言っても、それはユリーチェの記憶では無い。玲の記憶の中にこの部屋に関する記憶があり、ここはこの中に入ろうとすると女神から呼ばれたものだけが女神の住まう別の空間へと誘われるという場所だった。

 そんな記憶を持っていることなど知らないヴィクティアは、ユリーチェに優しい声でこう語りかける。


「実はユリーチェは一度ここへ来たことがあるのよ。あれは貴方が産まれたばかりのことでね、その時は私が抱き抱えながらこの部屋を通ったのだけれど、不思議なことに貴方だけが女神様の元へと消えていってしまったの」

「その時のヴィクティア様の焦りようは物凄かったですよね」

「仕方ないでしょう?本当に帰ってくるのか、そもそも女神様の元への本当に行けているのか…………不安なことばかりでしたもの」

「心配いりませんよ。私は女神様の元へと案内する役目を負っていますが、帰ってこなかったことなど一度もありませんから」

「ええ。私ももう疑ってはいませんわ」


 ユリーチェを安心させるためか、そんな話を繰り広げる二人。しかし元より心配など欠片も感じていないユリーチェはそんな二人の話を気にもせず、行ってきますなどと無邪気な言葉を残しながら何のためらいもなくその部屋へと入っていった。

 そしてその部屋へと入った瞬間。玲の記憶にあったように少し頭を揺さぶられるような感覚に襲われたユリーチェは、本能的に瞼を閉じることとなる。そして次に目を開けた時には、何かの研究室のような場所が目の前に広がっていた。


「…………」


 張り詰めたような静寂。てっきり女神デューネの出迎えでもあるのかと思っていたユリーチェがキョロキョロと周囲を伺うと、聞き慣れたような聞き慣れないような声が奥から響いてきた。


「あれ〜?誰か来たのかい?」


 どこか間の抜けたその声。それは間違いなく女神デューネの声音であったが、その口調はユリーチェの知っているそれとは大きく異なるものだった。


「はいはーい…………って君か。そういえば呼んどいたんだっけ。えーっと、はじめまして…………だと少しおかしいかな?」


 そんなことを言いながら姿を現したのは、紛れもなく女神デューネだった。しかし、顔や姿は同じでもその表情や佇まいは玲の記憶にあるそれとはやはり大きく異なる。その違和感にユリーチェが疑惑の視線を投げかけると、女神デューネの形をしたそれはどこか面白そうな笑みを浮かべた。


「うんうん、その表情…………本当に勇者の記憶を持っているようだね。全く、あの人も酷いことをするもんだ」

「…………だれ?」

「誰、か。それはまた難しい質問だね。ただ一つ確実に言えるのは、今のボクは『女神デューネ』だということかな?」

「?」


 女神デューネと名乗るそれの難しい言い回しに、首を傾げるユリーチェ。彼女はそんなユリーチェに微笑みかけると、改めてこう言ったのだった。


「まあいい。無駄な話はやめて本題と行こうか。今日君を呼んだのは、君がもしも望むなら、君の中にある勇者の記憶を消して、ただのユリーチェ・ニシノザカ=アルステルに戻してあげてもいいという話をするためさ」


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