第4話
「…………」
日も暮れ始め、それぞれの帰路についたユリーチェたち。三人と別れたユリーチェは、無言で俯きながら先を行くファラーチェの後ろをとぼとぼと歩いていた。
その理由はもちろん、自分だけが魔法を使えなかったからだ。そのせいで他の四人が魔法五種を体験するのを見ていることしかできなかった上に、とてつもない劣等感に襲われた。幼いユリーチェにとって、それは初めての絶望ともいえるものだった。
「ユー…………」
そして前を歩くファラーチェもまた、ユリーチェに何と声を掛けたらいいのかがさっぱりわからなかった。こんな姿の妹を見るのは初めてだったし、魔法を使うにはどうすればいいかなんて解決策を知る由もなかったからだ。
それでも、ファラーチェは姉として何かしなければという使命感に突き動かされて、気づけば振り返ってユリーチェの手を握っていた。
「ファー姉さま…………?」
「えっと…………その…………」
とはいえ、何を言えばいいかなどファラーチェには少しもわからない。自分よりもずっと優秀だった妹が壁にぶつかるなど露程も思っていなかったし、それが自分には容易くできることなど想像でもしたことがなかったからだ。
しかし、ファラーチェが言葉に詰まる一方で、ユリーチェは玲の記憶を引き出されていた。それは、この世界ではない地球という場所で、自分の子供を心配していた時の記憶だ。まだ五歳のユリーチェにはその記憶に戸惑いながらも、ファラーチェが自分のことを心配してくれているということだけは十分に理解できた。
「ファー姉さま、あり…………が…………」
「…………?」
ユリーチェがファラーチェに感謝の言葉を伝えようとしたその時。ファラーチェに対して感謝や劣等感がごちゃ混ぜになったような感情を抱いていたユリーチェの中で、突然何か得体のしれないものが蠢き始めた。
いや、得体のしれないものなどではない。ユリーチェはそれを知っている。その正体は、魔力だ。魔力は魔力でも、男の───玲の魔力。突然あふれ出してきたその膨大な魔力にユリーチェは一瞬だけ吐き気を催すと、次の瞬間には完全に意識を手放してファラーチェの方へと倒れ込んだのだった。
次にユリーチェが目を覚ましたのは、自宅のベッドの中だった。
ユリーチェはぼんやりした意識の中身体を起こすと、その視界にはヴィクティアとファラーチェ。そして見知らぬ男の顔が並んでいた。
「ユリーチェ!目を覚ましたのね」
「お母様…………」
「心配したのよ?急に倒れたと聞いて…………ごめんなさいね。そんな時に一緒にいてあげられなくて」
そんな言葉を掛けながらも、安堵の表情を浮かべるヴィクティア。そんなヴィクティアの傍には、ファラーチェともう一人の見知らぬ男が佇んでいた。
「お目覚めのところ申し訳ございません。私はナルエス教団のポルーと申します。医者の身ではございませんが、多少の医療を心得ております故、ユリーチェ様を診させていただきました」
ナルエス教。それは女神デューネを信仰する宗教団体で、ユリーチェでも既に知っているほどこの世界では広く伝わっている教えだ。
その教えは、かつて貧しく暮らしていた人々のところに突如現れた魔族に対し、なす術がなかった人々を救うために現れた神様が女神デューネだというものだ。女神デューネは豊かな知識と超常なる力を持って人々の文明を発展させ、今では天より人々を見守っているのだとか。
「そこでなのですが、ユリーチェ様の症状についていくつか質問をさせていただきたいのです」
「質問?」
「はい。突然倒れたと聞きましたが、それは間違いないですか?」
「うん」
「その際に何か変わったことはありませんでしたか?」
「うーん…………なんか、身体の中がぶわーって!」
身振り手振りで当時のことを伝えようとするユリーチェ。ポルーはその姿に何度も頷き感謝を述べると、ヴィクティアの方へと向き直った。
「やはり、魔力欠乏症で間違いないでしょう」
「…………ですが、なぜ急に」
「それは私にもわかりません。魔力を使っていないにもかかわらず魔力欠乏症が発症したとなれば、何か他者からの干渉を受けたと考えるのが妥当でしょう。何か身に覚えはありませんか?」
「…………」
ポルーの言葉を受け、ゆっくりと俯いたヴィクティア。その表情は心当たりを探しているというよりも、何か言いにくいことがあるといったものだった。
「…………わかりました。無理して追及する気はありません。私共としましては、ユリーチェ様に招集に応じて頂ければ構いませんので」
「…………?」
ユリーチェが突然降って湧いてきた話に首をコテンと傾げると、ポルーは改めて自己紹介をした。
「改めまして、私はナルエス教団のポルーと申します。本日は女神デューネ様の御言葉により、ユリーチェ様をお迎えにあがりました」
「お迎え…………」
女神様が一体一個人に何の用があるというのか。と普通なら思うところだが、ユリーチェにはその心当たりがありすぎた。しかし呼び出されるほどの理由がわからず困惑していると、ヴィクティアから意外な言葉が掛けられた。
「ユリーチェはね、一度女神様に救われているのよ」
「そうなの?」
「ええ。貴方が生まれたばかりの頃、一度謎の病に侵されて…………その時迎えに来られたのもポルーさんでしたね」
「はい」
「だから怖がることはないわ。…………そうだ。今回急に倒れたのも、もしかしたら女神様が治してくれるかもしれないわね」
ヴィクティアからそんな言葉を掛けられたユリーチェは、病み上がりのぼんやりとした頭の中にその言葉を沁み込ませながら、不安げに頷いたのだった。
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