幸か不幸か、とはこういう時の常套句
幸か不幸か。その3人組は、僕にも記憶がある
入学して間もない頃――。機嫌をそこねて机に突っ伏す時田さんに、接触を試みていた3人組だ。
「……うん、そうだけど?」
僕は答えた。
「やっぱそう?ウチらのこと分かる?」
「あ、うん。同じクラスの――…」
実際、それだけは分かっていた。名前まで訊かれたら
「わぁ、よかったぁ!あげピー君たちさ、全然クラスと関わらないじゃん? だから、あんま関心ないのかと思った」
「あ、いや。そんなことないよ」
僕は慌てて否定する。
「え~? でもウチらの名前とか知ってる?」
……マズイ。笑いながら冗談といった感じではあるが、これはちょっと、痛いところを突かれてしまった。しょうがない、大した問題でもないし正直に言おう。
「え……と、ご」
と、僕が謝ろうとした時、
「
ギャルっぽくありつつも、あの時田さん独特な、優しいイントネーションで助けが入った。
『え……?』
正直、僕は驚いてしまった。知ってのとおり、時田みいなは僕と付き合いだしてから自分の殻に閉じこもり、クラスメイトと言葉を交わすことなど皆無といっていいほどになっていた。
それが、一度も話したことないクラスメイトの名前をシッカリ憶えていて、交流を図ろうとするなんて――。
けれども、驚いたのは「鹿島さん」も同じだったようだ。時田さんに声をかけられて、鹿島さんは一瞬ビクッとなった。それが彼女の名前を知っていたことに驚いたのか、はたまた時田さんという何かとイレギュラーな女子に話しかけられたせいかは分からないが。
ただ、たったそれだけで、相手が最初のよそよそしい姿勢を崩したことは確かで。
「あー……ウン。ウチら、友達同士で夏の旅行に来てるの。
ここ、学園の
なんと。だがそういえば、話し合いの時に佐波さんが学割が利くと言っていたような気もする。
だからってこんな展開は、マッタク予想していなかったけど。
「僕らは部活の合宿で来てるんだ。現地調査っていうか」
「へー! なんの部活?」
隣にいて様子を見守っていた、涼しげなTシャツ姿の女子が、もの珍しそうに訊いた。
「え? えーと……伝説同好会っていうんだけど」
まさかこのクラブの名前を、他人の前で言う日がくるとはね。
「せつ……でんどうかい?」
Tシャツの女子が、眉をひそめて反復しようとする。
それに「伝説でしょ」と物静かな女の子がツッコミ、「そう言ってた?」「言ってた言ってた」と3人で言い合う。なかなか仲がよろしいようで。
「そ、デンセツ! うちらね、いろんな場所の伝説を調べてんの。で、夏は遠野ってワケ」
時田さんが横からウィンクしつつ合いの手を出した。彼女が言うと何でも楽しそうに聞こえるから不思議である。
「へぇ~。なんか面白そうだね?」
リーダー格の鹿島さんは、興味深そうに目を光らせた。どうやらお世辞でもないらしい。
「そうかな?」と、ちょっと嬉しくなる僕。(意外とチョロいな俺。)
そして3人は、小声で何かを確認しあったが、
「だったらさ、これ終わった後とか、時間ある? 寝る前みんなでどっか集まって、ちょっと話さない?」
鹿島さんが代表し、思いもよらない提案をしてきた。
これは予想外。僕はどう返していいか戸惑っていた。
「ん…。……あげピーはどお?」
時田さんが、自分の意志を伝えるより先に、チラとこちらを見て尋ねてきた。
「えっと――…」
『旅は道連れ世は情け』――小学生の頃、毎週おなじみだったポケモンの
あまり気は進まなかったが、『寝る前に集まって話をする』こと自体には、賛成してる自分がいた。
「まぁ、いいんじゃないかな?」
「うん。じゃ、あたしたちコレ終わったらお風呂行くから、出たらそっちのお部屋にお邪魔するってことで、おk?」
すかさず、時田みいなが提案する。
「あ、……(後ろの連れ2人に確認して、)……いーよいーよ! ウチらこれから夕飯だし、ちょうどいいカンジ? 」
そう決まると、挨拶とそこそこに、残り2人に引っぱられるようにして仲良しトリオは先のコーナーへ行ってしまった。どうもこの唐突な思いつきは、リーダー格である鹿島さんの希望が強かった様子。
だがそれにしても。僕は自分の彼女のほうへ振り返った。
「時田さん、よく名前
(彼女が話したことないのは僕以外のクラスメイト全員だが、この不健全な状況に対して何か言ってはいけない。)
だけど、驚くべきことに、時田さんは、
「ああ、うん。あの3人、たしか
なんと。まさかクラスのことに無関心を決めこんでいた時田みいなが、こんなにその構成員のことを理解していたとは……彼氏の僕も驚きを隠せない。
というかコレ、明らかに僕より詳しくない?
その感情が顔に出ていたのだろうか。
「あ、や……。女子ならそれくらい分かるって。
「へぇ、………同じなら分かる、か……」
僕はなんとなく、感心しつつ呟いた。
あまり女子同士の繋がりを神聖視するつもりはないが、やっぱり僕みたいなペーペーとは、アンテナの感度が違うのだろう。
時田さんはクールに口を閉ざし、「そんなことより、早く取らないと、食べ物なくなっちゃうよー!」と背中を向け、料理を取りに戻ってく。
やがて僕らはテーブルへ戻り、佐波さんに今あった出来事を報告した。
「……!! ぬかったわ!」
デザートのミニケーキに手を付けていた佐波純子は、血相を変えてうつむいた。
「!? どうしたの?」
まるでワーテルローの敗戦を知らされたナポレオンのような表情である。
部長代理のこれまでになく深刻な反応に、僕も慌てて問い返した。
「あんなチラシ、誰も見ないだろうと思ってたのに……。まさか、他にも見てる生徒がいるなんて!
これで私も、知り合いに遭遇する可能性が出てきてしまった…!」
「そういうことかい」
旅先での偶然の出会いに、僕とて戸惑っているものの、佐波さんはそれ以上なことが判明したのだった。
☆★☆★☆★☆
こんばんは! 佐波純子です。
私たち伝説同好会、通称〈伝説研〉は、夏の合宿で遠野に来ています。
いまはバイキング形式での夕食も終わり、大浴場にやって来ました。
私は、同行者より一足早く身体を洗い終え、大きな
「ふー……いきかえる」
畳んだタオルを頭の上に載せ、リラックスした息を吐く。
「ねぇジュンジュ………ジュンちゃん!
さっきね、カクカクシカジカ……ということがあったんだけど」
「へー」
〈伝説研〉の会員・時田みいなさんが水を泳ぐような足どりで寄ってきて、さっき食堂であった出来事を語った。すでにあげピー君から聞きかじっていたのを、さらに詳しく。
「でね。その時うち、『女なら分かって当然』とか言っちゃったの!!」
どうやらこれが本題だったらしく、それで彼女は口を閉ざした。なんとなく、悩ましげな表情をしている。
「………それで?」
私は心の中で疑問符を浮かべた。いや、声にもあらわれていただろう。
いったい何が問題だったか、全然わからなかったからだ。
「いや、だからっ。コレあげピーを、仲間外れにしてるカンジで……。なんていうの、
「…………そう?」
自分の彼女の反応を、あげピ君がどう感じるかなど知るよしもないが、そんなことに彼が疎外感を覚えるとしたら、私は学校で孤独死しているだろう。
「いま考えると、メチャクチャ偉そうなこと言っちゃったんじゃないかな、って………。
なんかさ、名前覚えてたの、クラスメイトのこと皆チェックしてるみたいで嫌だったから、つい偉そうなこと言っちゃったんだよね。
ね、ジュンジュ……ちゃん! やっぱコレ、あげピー幻滅したと思う……?」
「ハァ????????」
疑問符を100コくらい並べてもいいんじゃないかってくらい、彼女の質問は不合理なものだった。
すなわち、理解しがたい。
どうしてそんなことで、あげピー君が幻滅するのだ?
時田みいなが意外と(いや、私たちには公然と)、細かいこと気にするタチなのは知っているが、考えすぎではないだろうか。さすがにこれは。
「そんなこと、あげピ君は全く気にしてないと思うけどね……」
私は温泉に顎まで浸かりながら言う。それでもみいなさんは自信が持てないらしく、
「で、でもあげピー、あたしがそう言ったら、急に黙りこんじゃって、すごく冷たい顔してた。
アレは、『へぇ……同じなら分かんの?オレは違うけど』って、呆れてたんじゃないかって思う」
「……ほんなことより、私はこの後集まることの方が心配よ。やっぱり私だけ先に寝ちゃおうかな……(ブクブク…)」
「えーっ、なんで? ジュンジュンも来るしかないっしょ!」
ざっばん!と話を中断して抱きついてくる。ええい止めろこういう所で距離が近いからなこのぎゃる!
そんなこんなで湯けむりの中、女2人の夜は更け。
同じ旅館に泊まっていた同級生たちとパジャマパーティー(?)をするという、私には過酷なイベントが寝る前に待っている。
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