旅館で女子達の部屋にお邪魔する
風呂上がり、3人で約束の部屋を訪れた。
部屋番号が違う以外に、他との差異は見当たらない。ただ階段に近くて、時折、
「これ、チャイムとかないのか?」
誰にともなく、僕は呟いた。
「いや、ナイでしょ。考えてみなさい、仲居さんが部屋に入ってきた時、チャイム押す?」
と佐波さん。
そう言えばそうだ。あんまり経験はなかったけど、家族旅行に行った時のことを思い出すと、着物を着た従業員さんはノックしてから入ってきていた気がする。
大変だな仲居さん。全部の部屋を回るなんて、僕には到底勤まらないだろう。ましてや客一人ひとりに気を遣って笑顔で対応するとは、尊敬するほかない。
「ぢゃ、あたし叩くね?」
時田さんが、率先してドアを叩く。
トントン。「きたよー」
「はーい」
と声がして、扉を開けたのは物静かな子だった。
えっと、名前はたしか――雨宮さん。
三人組の中でも、いちばん穏やかな女の子だ。
「……あ、あのっ。あと2人は買い出しに行ってて……」
雨宮さんは『どうしよう』といった感じで答えた。
「そーなんだ? じゃあうちら、まだ自分たちの部屋で待ってた方がいい?」
時田さんが、首をかしげてみせる。
「あ、いえ! 中に入ってて待ってて下さい」
雨宮さんに促され、僕たちは部屋の中に入った。
中は、僕らの部屋と大差ない作りだ。畳の柔らかな感触や、縁側から見える山の景色もよく似ている。
ただ、掛け軸に描かれている絵は僕らの部屋と少し違っていた。掛けられていたのは、どことなくヨーロピアンな水彩画。
「なんか、綺麗な海だね。どこのだろ?」
時田さんが不思議そうに首を傾げながら、絵に顔を近づける。
「たぶん地中海じゃないかな?」
僕も確信があるわけではなかったが、こういう白い壁に青い海とくれば地中海という相場が決まっているのだ。…いや、時々例外があるのも確かだけど。
「地中海~? 行ってみたいよね、そういうとこ!」
時田さんが楽しそうに呟いた。
じゃあ卒業旅行に……って、この同好会じゃ絶対無理だな。伝説はいっぱい残ってるにちがいないけど。
海外旅行なんて経験ないし、大人になっても行ける自信はない。あんま期待させないでおこ。
そんな会話をしているうちに、軽快な足音が廊下に響き、ドアがガラリと開いた。
「ただいまー! お待たせ!」
明るい声とともに現れたのは、リーダー格の鹿島さんと、スポーツ少女の川上さんだった。手にはそれぞれ袋を下げており、中にはお菓子やペットボトルが詰まっている。
「ごめんごめん、旅館の近くの店が高くてさ。ちょっと遠くまで行ってた!」
鹿島さんが軽く袋を揺らしながら言う。
川上さんは「走って戻ったら、いい運動になったわ」と額の汗を拭う。
「この子ったら1人で走るんだもん」と言われていたが、どうやら運動部らしい行動力を発揮して効率よく戻ってきたらしい。単に、じっとしていられないタチなのかもしれないけどね。
その時、隣にいた佐波さんが小声で僕に耳打ちしてきた。
「ちょっとちょっと! あんたらのクラスメイト、思ったよりリア充感ありまくりじゃないのよ!? どうするの、これ?」
その慌てっぷりに僕もつい吹き出しそうになる。
「いやいや、普通にお菓子とか買ってきただけでしょ。何を警戒してるのさ」
「いや、冷静に見て、あれは私たちが勝てる相手じゃない」
「何で戦うんだよ」
「なになにバトル? なんかゲーム持ってくれば良かったかなー」
横から時田さんがちゃっかり会話に混ざり、楽しそうに笑っていた。この笑顔なら仲居さん顔負けだ。
やっぱり女の子みんなで集まると、眠っていたギャルの本能が騒いだりするのだろうか?
やがて座卓を囲んで、おのおの腰を落ち着けた。鹿島さんに「あれどこだっけ?」と言われ川上さんが取り出したのは、妙にケミカルな色合いのペットボトル飲料だった。
「じゃーん! これ全員分あるから、乾杯しよ?」
ペットボトルには『これはお酒ではなく、ただの怪しい飲み物です』と大きく書かれている。
「え、なにそれ……色すごいけど?」
僕が思わず眉をひそめると、鹿島さんがニヤリと笑う。
「大丈夫大丈夫! いろんな刺激剤が入ってて、飲むとちょっと顔が赤くなるけど、別に変な効果とかないから!」
ラベルを見ると、その名は〈遠野エナジー〉。
鴨○エナジーなら知ってるんだが、県民として。まさか遠野にも似たような飲み物があるとは知らなかった。
栓を開けて、みんなで恐る恐る口を付ける。案の定、顔がほんのり熱くなる感覚がした。
「へぇ。これ、炭酸も強めだし、けっこう美味しいね!」
時田さんが嬉しそうに声をあげる。
テーブルの真ん中にお菓子が広げられ、パーティーの雰囲気が一気に高まった。
うすしおのポテトチップス、柿の種に、海老せんやチョコレート。うむ、学生の晩餐としては完璧だ。
時田さんが思いついたように「じゃあ改めて、乾杯!」と掛け声をかけ、カラフルな飲み物を掲げる。僕らもそれに合わせて、コップを打ち鳴らした。
「いやー、これが合宿の醍醐味だよね!」
強めの炭酸をゴクゴクと飲んでから鹿島さんが言い、それに皆がコクコクと頷いた。6人が6人、思い思いの表情ではあるけれど。
夜の旅館の一室は、ひとときの賑やかな交流で満たされていく。
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