旅行先で微妙な知り合いに会うほど気まずいことはない

「うん! もぅお腹ペコペコ~。はやく取りにいこ?」


 みいなはそれを待って、早速お皿に料理を取り分けに行った。バイキングの列の最後に、僕も彼女に続いて並び、プレートを手にする。


 ギャルだから食用旺盛に、料理を見境なくガンガン入れる……ということはなく、どれを取るか眉根を寄せて迷っていて、時田さんの性格が出ている。

 かえって佐波さんの方が手当たり次第、ちょこちょこと皿に盛っては僕らを抜き、次のコーナーへ行ってしまった。


 僕はなんとなく、彼女の様子が面白くて眺めていると、


「あげピーもなんか取りなよ? ほらこれとか」

 自分が取っていたローストビーフを、僕の皿にも入れてくれた。


「ありがと。時田さんは他に食べたいのある?」

「えっとね~……あ、これおいしそう!」


 和食コーナーで彼女が手に取ったのは、山菜の天ぷらだった。


「山菜か、渋いね。僕はもう少しガッツリしたものにしようかな」


 僕は無難ぶなんに、その隣にあったイカや海老の天ぷらを取って席に戻った。


 佐波さんは飲み物を取りに行っていたらしく、皆のグラスを用意して席についていた。ファミレスとは違ってドリンクバーではなく(当たり前か?)、いくつかのビンが置いてある。

 僕らもそれぞれ座り直し、手を合わせた。


「では………いただきます!」

 僕と時田さんは一斉に箸を手に取り、料理にその先を伸ばす。


 まずは天ぷらの海老を一口頬張った。サクサクとした衣の中に、プリッとした食感が心地よく、口の中に海老の旨味が広がる。


「やっぱり海老の天ぷらは鉄板だね」

 僕が言うと、時田さんがニコニコと笑った。


「うん、マジそれね! でも、山菜の天ぷらもいい感じだよ。あげピーも、ちょっと食べてみない?」

 彼女は優しくそう言って、僕に山菜を勧めてくれる。


「え? 塩もかけないで、おいしいの?」


 正直この時まで、僕は山菜というものを避けてきた。なんとなく苦いとイメージが強かったし、食べ慣れない味だと思っていたのだ。

 けれど、せっかく時田さんが勧めてくれるのだから、挑戦してみることにしよう。そう思って僕は一口だけ山菜の天ぷらを箸で摘まみ、おそるおそる口に運んだ。


 サクッ。衣が軽やかに崩れると、その下から独特の香りが広がった。ほろ苦さの中に、どこか懐かしいような、深い山の味わいが広がる。これ、ワラビだろうか? 思っていたほど苦くなく、むしろ上品な旨味が口の中で広がっている。ちょっと驚きだ。


「…うん、意外と美味しいかも」

 僕はそう言いながらもう一口。


「でしょ? やっぱ食べてみると違うよね」

 時田さんは嬉しそうに微笑んだ。


 そのやりとりを見ていた佐波さんが、コップに褐色の液体を注ぎながら、


「山菜って栄養価が高いのよね…。食物繊維がたっぷり含まれていて、腸内環境を整えるのに役立つわ。それに、抗酸化作用のあるポリフェノールも含まれてて、抵抗力を高めてくれるんだとか。まさに自然の恵みね」


 まるでビールでも飲むように、ゴクゴクと美味しそうに烏龍ウーロン茶を飲み干した。


 しかしそうは言っても、当の山菜は全く食べずに(それどころか野菜はほとんど取っておらず)、肉や魚ばかりを摘まんでいる佐波さん。意外と偏食へんしょくなのかな? 栄養が偏らないか心配だ。


「へぇ、そうなんだ。じゃあ健康にも良さそうだね」

 僕は感心して頷く。


「ま、山菜だって食べ過ぎは良くないらしいけど……さすがに毎日は食べないでしょ? 山ごもりでもするなら別だけど」


「山ごもり!それアリかも?」と言う時田さんに、「アンタね……私が虫とかムリだって知ってて言ってる?」と返していた。


 どうやら、佐波純子の蘊蓄うんちくは歴史ばかりには留まらないらしい。


 これでなんでクールな知的キャラから微妙に外れてしまっているんだろうか? そういうことは誰か代わりに考えてもらうことにし、僕は白いご飯と一緒に、時田さんが取ってくれたローストビーフに舌鼓したづつみを打った。 


 ☆★☆★☆★☆


 ……さて。そんな会話を交わしながら、僕たちはゆっくり食事を楽しんでいた。


 最初にり分けた分を食べ終わり、僕は何かもらいに行こうと席を立った。

 すかさず時田さんが「あっ、あたしも行く」と立ち上がり、後に続く。


 ピークを過ぎて、潮の引けたバイキングの列に、僕らは午後からコミケに参加するヌルヲタのように加わった。


 そうして立っていると、ちょっと錯覚を覚えた。


 あれは確か、小学生の頃……家族旅行へ行った時。どこに行ったのだったか忘れてしまったが、こんなふうにバイキング形式の夕食だった。なにかと兄を追いかける習性の妹がプレートごと鏡に衝突し、ちょっとした騒ぎになったっけ。


 少々恥ずかしい心の移りゆきではあるが、なんとなく僕には、現にいま、『家族、、と一緒に旅行に来ている』ような気がしてしまったのだ。


 家族旅行なんて、行けるだけで恵まれてる方なのかもしれないが。小学校卒業くらいをさかいに、そういう家庭行事がほとんどなくなってしまった僕としては、ここに時田さんや佐波さんと一緒にいれることが、なんだか嬉しい気がした。もちろん、彼女たちは家族でもなんでもないんだけど。


「ん、どうかした?」

 僕の表情に敏感な時田さんが、空になっているプレートを上げながら、顔を覗くように尋ねた。


「いや、なんでもない」

 その質問に、薄笑いで答える。


 あんまりテキトーなこと言って、彼女を喜ばせてもいけない。僕らにはまだまだ、越えなければならない壁は多いようだし。なんだかんだで高校1年生じゃ、結婚できるような年齢でもないのだ。先のことに希望を持たせるようなことを言っても、後で失望させるかもしれないもんね。

(<ヤンデレ彼女を持つ彼氏の処世術。)


 その時、暖簾のれんを上げて留めてある入り口の方から、遅めに食事に来たグループが、まばらな列に加わった。


 女子3人組で、大学生……いや、僕らと同じ高校生くらいかな?


『―――あれ?』


 僕はどことなく、そのグループから奇異な感じを受けた。


何処どこが?」とキッパリ問われても困る。なんだろう。がんばって喩たとえると、心地よく冷やした炭酸水に、ぽつんと一滴コーヒーが混ざったような……そんな違和感だ。


 3人組の中でまずこっちに気づいたのは、大人しそうなセミロングの女の子。でも内気なのか、見て見ぬふりをした;

 その様子を見て、唯一スポーツ用のTシャツでいた色の白い女子が、どうしたのかと問いかける;

 そして最後、その子にひじで突っつかれて、リーダー格らしい少女が、僕らの方へ目を向けた。


「……あっれ? 違ってたら悪いんだけど……もしかして、あげピーくん?」

「え?」


 こういうことってあるもんなんだな。


 そこには、たぶん旅行先で会いたくないランキングで上位に属するであろう、部門別・第1位に耀くであろう種別しゅべつの相手。


 いまだに名前がうろ覚えになってしまっている、現在僕が在学中の高校の、クラスメイトの女子3人組であった。

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