もんだい解決はディナーの前に

「困ったことになったわね……」


 佐波さんは頭を抱えた。僕もそれに倣って、「うん。まさか、こんなことになるなんて…」とうなだれた。


「え、なになに? どゆこと?」


 時田さんだけは訳がわからず、僕と佐波さんの顔を交互に見た。「つまりね……」と僕は事の経緯を説明する。が。


「それ何か問題? ていうか、みんな同じ部屋なんじゃないの? うちは、てっきりそうだとばっかり」


 あっけらかんと言う時田みいな。


 ああ、彼女ならそう感じていても不思議はないか。そこに違和感があれば、予定立ての時に何か言ってるだろう。


「あ、でもそっか、」僕が補足する前に、彼女は佐波さんの顔を見てやっと気がついたらしく、

「…ジュンジュンが嫌か。どうする? うちは3人一緒でも全然大丈夫だけど?」


 見るからに希望を込めてそう呟いた。目をキラキラさせて僕へ流し目を送るが気がつかないフリをする。それを受けて、我らが部長代理は、


「は? い、嫌って……そこまでの事じゃないわ。ただね……」


 そうこうしているうちに、僕は思いついて、膝だちでテレビの横へ向かった。そこには館内に繋がる電話機がある。


「フロントに電話しよう。空いてる部屋、紹介してもらうよ」


 夏場だから移動は厳しい可能性もあるが、1人部屋なら残っているかもしれない。


「えー、あげピー違う部屋なのぉ……?」


 時田さんが傍にあった座布団を抱きかかえたが、無視だ無視。受話器を持ち上げ最初のボタンをプッシュしたところで、


「……待って」


 制止の声がかかった。見れば、佐波さんが手を開いてストップを表現している。


 視線が合うとそっと気まずそうに目を逸らしつつ、

「その、…私の責任でもあるし…着替えとかの時にちょっと離れててくれれば、私はべつに同じ部屋でも……」


「いいの?」


 僕が問うと、これ以上話すのは面倒といった様子で身をひるがえし、


「か、勘違いしないでほしいわね。せっかく3人で泊まれる部屋があるのに、いまから移動するのは非効率だって言ってるの。それだけよ」


 と早口で言い、窓際のテーブルの方へ行ってしまった。


 ツンデレの常套句みたいな台詞だが、彼女の場合はツンツンだからな。誤解の余地はない。時田さんがその様子をニヤニヤして見ながら、僕の横に来た。


「あげピー、よかったね。みんな一緒で」


「…でも、佐波さんも無理してるんじゃないかな? 部長の代わりってことで、プレッシャーかけてた気もするし」


「や。あげピーはホント、気にしすぎだって。純ちゃんもそう言ってたじゃん、着替えに気をつければ問題ないって」


「そうなのかな……?」


 僕にヘンな感情を持ってる時田さんの意見なので、はなはだ怪しい。それに、男として一緒の部屋にいるってことが、素直に嬉しいかどうかは微妙なトコだ。もしも今が昭和だったら……


『おいどんは、オナゴと同じ部屋で寝るような軟派ナンパな真似はできねぇでゴワス!!!』


 なんてことになるかもしれない。そこまで硬派こうはな男にはなれそうにない。(いや、昭和のことよく知らないけど。)


 僕だって年頃の高校生だし。男女一緒の部屋って、現実問題としては少しやりにくい。だけど時田さんは気にしてないみたいだし、佐波さんも平気そうに振る舞っている。もしかしたら、僕だけが過剰に意識してるのかもしれない。


「……でもっ、」

 と、ふいに時田さんは、僕の耳元でささやくように続けた。


「もし『2人きりになりたいなー』とかチョットでも感じたら言ってね? 夜こっそり部屋ぬけだしてもいいし……」


「いや、そんなんじゃないっての」


 1人で顔を赤らめる彼女を前に、僕は苦笑した。


 ☆★☆★☆★


 結局、部屋割りは変えず、僕ら3人はこの和室を〈合宿場〉とすることになった。


 とりあえず荷物を置いて各自旅館の中を散策し、夕食の始まる時間に食堂に集合ということになった。(時田さんは付いてきていたので、あんまり意味がないが。)佐波さんは、ロビーに掲示けいじのあった昔話に関する展示に興味があったらしい。お湯は食後のお楽しみだ。


 時間になり、部屋に備え付けられていた浴衣に着替えた僕らは、少し早めの時間に食事処へ向かう。


「やっぱり夏だけあって、人が多いね」

「だね~。あ、あげピーみてみて! これ可愛くない?」


 浴衣姿の時田さんは、嬉しそうにはしゃいでいる。朝顔アサガオの花や蕾が散りばめられていて、薄紅うすくれないと、緑っぽい青――浅葱あさぎ色というのだろう――に滲む浴衣は、夏らしくもあり、明るい感じがした。


「うん、似合ってるよ」

「えへへー」


 僕らは夕食の会場へ通された。和室もあるようだったが、こっちは洋風の広間だった。椅子とテーブルが並んでいて、食事はバイキング形式だ。


「お、来たわね。じゃあ食べましょっか」


 佐波さんはすでに席に着いて、僕らを待っていた。読みながら待っていたらしい、タブレット端末を閉じる。そしてゆるゆると立ち上がった。

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