旅行先のトラブルは憑(ママ)き物か

 駅からバスで20分程度。駅の周辺は近代的な建物も多かったけど、だいぶ緑が増えてきた。


「有名な観光地だから開発されてるのかと思ってたけど、思ったより自然が多いね?」

「ええ、遠野ってただの観光地じゃないのよ。〈遠野物語〉で有名でしょ。本当にカッパ以外にも、不思議なことが起こるかもしれないわ」

 本気なのか皮肉なのか、佐波さんは、どっちとも取れる笑みで答えた。


「えっ、心霊スポットってこと? そういうことは先言ってよー。うわあ、塩とか持ってくればよかったぁ…」

 ナムナム、と言って手を合わせる時田さん。


「たぶん違うから、安心していいと思うよ」

 僕は口をほころばせた。


「あんたが持ってきてたら、さっきのキュウリに塩つけて食べてそうね」


「え? ジュンジュンなにか言った?」


「……なんにも。さぁ、予約した旅館が見えてきたみたいよ」


 僕たちが足を踏み入れたのは、どこか落ち着いた雰囲気が漂う大型旅館だ。


 自動ドアが開くと、心地よい冷気が迎えてくれる。ロビーはフローリングが敷かれ、モダンなソファが並ぶ。


 佐波さんは「チェックインしてくるから、待ってて」と言うなり、背を向けて受付に行った。任せてしまっていいのかと思ったけど、付いていったところでできることはない。大人しく窓際のソファーへ移動した。


「こういう場所くると、やっぱ旅行きたって感じするよね。なんか落ち着く~」


 時田さんがホテル周辺の景色に目を向けながら呟いた。山裾やますその木々には、いい意味で田舎の野性味がある。


 一方、僕は近くの柱に貼られているポスターに目を留めた。

 どうやら、遠野にまつわる昔話……とりわけ妖怪にスポットライトを当てた展示をやっているらしい。


 今回の僕らの目的であるカッパも確認できたが、フレンドリーな絵柄で、いろんな妖怪が描かれていた。


 大体どれも見たことのあるものだが、中には見慣れないものも混ざっている。


「ホントに妖怪のいる場所なんだね、このへんって」


 これなら1匹や2匹、いても不思議はなさそうに感じる。いや、もし本当にいたら、SNSで大変なことになっているかな?


「あげピー、あれ全部わかる?」

 時田さんがポスターへ指をやりながら、話を振ってきた。


 ちょっとしたことで話を広げられちゃうギャル、すごいよね。ギャルである必然性はないが。


「ん? 河童でしょ、天狗でしょ。あのオカッパ頭の子どもは座敷童子で…あのどう見ても萌えキャラにしか見えないのは雪女か。でも――」

 僕は例の見慣れないシルエットを指さして、

「あの木の人形みたいなのは見たことないなぁ」


 木で作られた馬のような形をした人形が、カラフルな布の着物をまとってる。


「あれは、うちも見たことない! でも、ちょっと不気味かも……。あれも妖怪なのかな?」首をかしげる。


「ああ、あれはオシラサマね」


 受付から戻ってきた佐波純子が、後ろから声をかけてきた。


「オシラサマ?」

「ええ。妖怪というよりは、神様かしらね。遠野の家々で大切に祀られている神なのよ。昔、養蚕が盛んだった時代に、桑の木で作られた人形がオシラサマとされていたの。その木の人形が馬のような形をしているのは、ある悲しい伝説があるからなんだけど……聞きたい?」


「へぇ、どんな話?」

 僕たちはその言葉に引かれ、耳をそばだてた。


「ええ。昔、ある家の娘が美しい馬に恋をしてしまってね。でも、その恋は禁じられていて、家の人が馬を殺してしまったの。それでも娘さんが死体に寄り添って泣くものだから、怒った父親は馬の首をはねた。

 するとアラ不思議、馬の首は娘さんがしがみついたまま飛んでいってしまいました。それ以来、二人はオシラサマとして祀られるようになったということです。めでたしめでたし」


「ええっ?」


 全然めでたくなかった。ツッコミどころ満載である。


「そ、そうなんだ……それで木馬の形なんだね」

 いろいろ思うところはあったが、僕はその説明に納得し、ポスターに描かれたオシラサマの姿を見つめる。が、


「うぅ……(じぃん…)」

 ひとり、時田さんが瞳を潤ませていた。

「その話、可哀想……」


 心やさしい時田さんは、どうやら今の物語に入りこみすぎてしまったらしい。「ツッコミどころ」とか言ってた自分の汚れた心を思い知った。


「た、確かに……? 昔はあったのかもしれないけど、そんな理由で馬を殺すとか、ちょっと残酷だよね。一緒に飛んでっちゃった娘さんのことも気になるし…」


 共感できる部分を示そうとすると、僕の彼女は、


「大好きな馬と引き裂かれちゃうなんて、その娘さん、可哀想すぎる!!!」

「え、そこ?」


 どうやら時田さんは、これを純然たるラブストーリーとして解釈したらしい。「え、でも相手、馬だよ?」と、当然なツッコミを入れるも、


「好きになったら、相手がどんな姿でも関係ないよ!

 うちだって相手があげピーだったら、もし馬に生まれ変わっても、愛せる自信あるし」

「その来世はあまり考えたくないな……」


 遠野に来ても、やっぱり、時田みいなは時田みいなだった。

(「ちょっとアンタたち、エレベーター閉まるわよー!?」と、佐波さんの声。)


 ☆★☆★☆★☆


 チェックインを終えて、僕たちは部屋へ向かった。


 廊下では家族連れや、お年寄りのグループと擦れ違った。先頭を歩く佐波さんに、僕らは付いていく。


「佐波さん、ありがとね。結局、ここの予約とか全部やってくれて」

 僕は感謝をこめて言った。


 事前に合宿計画について話し合いはしたものの、細かいことは彼女に任せきりになった。思い返すると、彼女が提示するスケジュールや持ち物を確認するだけになってしまったし。


「なに言ってんのよ、分担の時1人でやるって言ったのは私の方じゃない。むしろ感謝したいくらいよ。私、みんなで話し合って計画したり、分担したりするの嫌いなのよね」


「そうなの?」


「ええ。話を合わせるのが煩わしいというか、んなことしてんだったら1人でやりたくなるというか……。

 だから正直、助かってるわ。〈伝説研〉のことは、私の好きなようにやれて」


 と、僕らに顔を向けずに答えた。

 

 確かに、そういうタイプの人もいるか。元々この研究会自体、僕らは飛び入り参加みたいなものだったし、そういう不真面目な部員の意見を反映させなくていいってのもある。


 でも、今回の計画には、明らかに佐波さんだけだったら組まなそうなものも含まれていた。

 てな訳で、佐波純子がこれを僕ら皆のために企画したものであることは、僕にも時田さんにも伝わっているのだった。


「それは、元からの計画が良かったからじゃない? ジュンジュンって、将来、社長とかなれるんでない?」


「そうかも。かなりワンマンなタイプになりそうだけど」

 僕は笑って応じた。


「ふ…褒め言葉として受けとっておくわ。で、部屋は………ココね?」


 ルームキーに記された番号の部屋のドアを開ける。玄関で靴を脱いで上がると、広々とした和室が目の前に広がっていた。


「ふぅ、やっと着いた……。分かってると思うけど、今日は近くを散策するだけにして、カッパ伝説の河原に行くのは明日ね?」

「「はーい!」」


 佐波さんは着くなり重そうな荷物を置いて、その脇に腰を下ろした。手足を投げ出し、早くもリラックスムードだ。


 靴下ごしでも、畳の感触が心地よい。みいなが部屋を仕切る障子しょうじを開けると、洋式のテーブルがあり、窓からは周辺の自然が見えた。遠くの山へと伝わっていく木立の群れは、ちょっとしたもりだ。


「わぁ、いい部屋じゃん? まったりできそう~」

 彼女も荷物を置くと、座布団に腰を下ろした。「2人のも淹れるね?」と言うと、お盆の上にあった湯飲みを並べた。


「確かに落ち着くね。こういう部屋でゆっくり過ごすのも、悪くないかも」

 僕はなんとなく立ったまま、窓から外を眺めて言う。


 佐波さんも腰を下ろし、少し微笑んでから、

「フフン、旅行で和室は譲れないわ。大浴場には3度は行かないとね。温泉に入った後、ここでくつろぐのが楽しみ。…………!!?!?」


「? 佐波さんどうかし………た…………。………」


 急に佐波さんが絶句し、つづいて僕も言葉を失った。


 なかなか恐ろしい事実に気づいてしまったからだ。さすが遠野。新しい妖怪でも出たのかもしれん。


 現実から目を逸らしそうになったが、気がついてしまったものは仕方ない。僕の方から声を出した。


「……佐波さん。つかぬことを聞くけど、僕の部屋も、これと似たような感じなのかな?」

「ええ。ソックリよ………ソックリどころか〝完全に同じ〟と言っていいわね。窓の外の景色も、掛け軸の位置も……」


「どしたの? 2人とも」

 3人分のお茶を淹れながら時田さんが首をかしげて、無邪気に尋ねる。


 僕と佐波さんは顔を見合わせ、互いに事情を察した。


 ―――〈伝説研〉の男女、、3人。部屋を1つしか取らなかった―――。

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