【ひさびさ更新!】東北新幹線の車窓から

 当日は、どうしようもないほど快晴だった。


 朝の涼しい空気がまだ残る中、僕と時田さんは駅のホームで待ち合わせていた。電車が来るまでのあいだ、軽い会話を交わしながら時間をつぶす。


「う~ん、最近天気いいし! 絶好の旅行びよりじゃナイ?」


 時田みいなが笑顔で言った。この前よりさらにウキウキしているようだ。


「うん、楽しみだね。佐波さんももうすぐ来るはずだけど――…」


 なんて呟いた頃、ちょうどホームの向こうから、大きなリュックを背負った佐波純子が現れた。

 リュックはまるで山登りでもするかのような大きさで、女性にしては大柄な彼女でも体が小さく見えた。


「おはよう、二人とも。今日も仲がよろしいことで」

 僕らを見るなり、口の端を上げて呟いた。


「おはよう、佐波さん。そのリュック、すごいね。何が入ってるの?」


「必要なものを全部詰め込んだら、こうなったのよ」

 と、リュックを軽く揺らしてみせる。


「えー、必要なもの、そんなある?……わ、重ッ」


 女友達が後ろに回りこみ、両手で持ち上げようとするのを、「ちょ、やめなさいってッ」と佐波さんはじゃれるネコに困るように牽制する。


「まさか、キュウリも入ってるの?」

 僕が尋ねると、


「アッ、……忘れた」

「あっ、それなら…」


 彼女の代わりに、時田さんは待ってましたとばかりにサッとリュックからキュウリを取り出し、「じゃーん!」と見せつけた。


「あたしはちゃんと持ってきたよ~。お腹が減ったら非常食にもなるしね」

 言いながら、ポリッと一口かじった。


「さすが時田さん、抜け目ないね」と僕が笑うと、「全く以て」と佐波さんも微苦笑した。


 ☆★☆★☆★☆


 やがて新幹線がホームに滑りこんできた。ドアが開くと、冷房の効いた車内の涼しい空気が外の暑さを和らげてくれる。樹液に誘われるカブトムシになった気分で、僕らは一斉に乗り込んだ。


 車内は広々としていて、柔らかなシートが並んでいる。その座席に腰を下ろす頃には、夏の日射しが強く入り始めていた。


 時田さんは窓際の席を選び、僕はその隣、そして、正面に佐波さん。


 新幹線がスムーズに走り出し、緑豊かな北国へと向かう。


「東京のビル群も、こうして見るとまた違うね」

 僕はシートに身を預け、ぼんやりと呟いた。かなりゆったりとした気分だ。


「ホント。あっという間に知らない駅だよ。さっすが新幹線」

 時田さんは目を輝かせながら答えた。車窓の外には、都会の喧騒から次第に離れていく様子が映し出されている。


「お弁当、お飲み物、軽いお菓子などはいかがでしょうか~♪」


 その時、車内販売のワゴンが近づいてきた。よく通るアルトの(ソプラノより低いから、アルトだよね?)声が、客席に響く。

 紙製の弁当箱やペットボトルが並ぶ中、時田さんが好奇心いっぱいにそれを見つめているのに僕は気づいた。


「お弁当、どうする?お腹は空いてないけど」

 僕が言うと、突然、誰かのお腹が鳴った。


「あれ、時田さん?」

「違うよ、うちじゃない」

 彼女の方へ目をやると、時田さんはフルフルと首を振った。


 ふと見ると、佐波さんが顔を赤らめている。

「……私です」


「じゃあ、こっち来てもらおうか? すみませ~ん」

 僕が提案すると、佐波さんは恥ずかしそうに幕の内弁当を一つ選んだ。


「結構高いのね。これで利益を上げてるのかしら」

 ワゴンが去っていくなり皮肉っぽく言いながら、佐波さんは包装紙を剥がした。


 蓋を開けると、そこには、鮭の塩焼き、だし巻き卵、煮物、漬物などが美しく並んでいる。まるで小さな宝石箱のようなそのは、見た目だけで食欲をそそる。


「へ~、美味しそう」と、時田さんが羨ましそうに言った。


 佐波さんは割り箸を割って、おいしそうに食べ始めた。「うん、良い味してる。これなら高い値段も納得ね」と、満足げにいった。



 電車がスピードを上げ、都会の風景が遙か後ろへと流れていく。高層ビルが次第に低くなり、広がる空の下に広がるのは、雑然と並んだ住宅街だ。


 やがて、それも遠のき、緑の山々と田畑が車窓を彩り始める。


「見て、あげピー!あの田んぼ、まるで字みたい!」

 時田さんが指をさして興奮気味に言った。


「じ?」

 意味が分からず聞きかえす。


「うん。だって田んぼって漢字、田んぼの形を真似したんでしょ?」


 なんとなく、小学校の頃に習ったことを思い出した。時田さんとは別の学校だったけど、このくらいはどこでも教えているのだろう。


「アア、そういうことか。どれどれ…」


 僕も乗り出して窓の外を見るが、とっくに通りすぎた後だった。


「もう、あげピー見るの遅いぃ」


「ああ、ゴメン。でも、どれもけっこう似てるよ」


「さっきの完璧だったんだけどなー。あれ!……は、あんま似てないか。あ、あっちは?」


「あれは〝田〟っていうより、〝目〟じゃない?」


「…む。……(しゅぱ)!」

 何を思ったか、時田さんが急に自分自身を指さす。具体的には、胸のあたり。


「?」


「や。うち時田だから。このへんが、〈田〉なんじゃないかと思って!!」


 ――やっぱり、カノジョは天才なのかもしれない。


「…アンタたち、大丈夫?」



 電車はさらに進み、山々の合間を縫うように走った。トンネルを抜けるたびに、風景が一変し、まるで過去へ遡っていくかのような錯覚に陥る。


 行く手は深い緑に覆われた山々に囲まれ、鉄橋の下には、清流が流れる谷間が広がっていた。もはや異世界にでも来たという感じだ。


「ねね、あげピー。こういうトコに河童がいるのかも?」


 ふいに、みいなが脇腹を突ついてくる。どこまで本気なんだか分からないけど、確かに期待したくなるような雰囲気だった。


「どうだろうね。でも、こういう静かな場所なら、何かしら不思議なものがいてもおかしくないよね」


「もし河童がいたら、どうするの? インタビューでもする?」


 佐波純子は弁当の蓋を閉めながら、もらったウェットティッシュで口を拭った。この旅行計画の言い出しっぺでありながら、あんまり信じてない様子。


「それもいいけど、まずは仲良くなることから始めないと!」


 目的地に近づいた車窓は、大詰めに入っていた。広がる田園風景の中に、小さな村々が点在し、どこか懐かしさを感じさせる風景が広がっている。(別に田舎に住んだことはないのに、不思議なものだ。)


「もうすぐ到着だね」と、僕が言うと、時田さんと佐波さんは頷いた。


「よっし! ここでもウチらの伝説、つくっちゃおー!」


 時田さんは、『Wサムズアップ+てへぺろ』というナゾの決めポーズをしつつ、荷物をまとめたら僕らと出口へ向かった。

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