夏の合宿計画!

 夏の喧騒の中、僕と時田さんは街角のかき氷屋で冷たいかき氷を楽しんでいた。


 さて、ここで問題です。僕と時田みいなは、それぞれ何味を選んだでしょう?


 正解は……僕がブルーハワイで、彼女が宇治金時でした!当たっても何もないよ。(ゴメンね。)


 ひんやりとした甘さが、暑さで疲れた体に染みわたる。ちょっと恥ずかしい思いをした後だったが、添えられたフルーツの皮が容器の底に残る頃には、お客も入れ替わり何とか落ち着いてきた。


 そんな折、僕たちのスマホに同時にメッセージの通知が入った。


 送り主は佐波純子。我らが伝説研究会の頼れる仲間だ。

 メッセージを開くと、夏休みに伝説研究会で合宿を行う旨の提案が書かれていた。


「へぇ、ジュンジュンから合宿の提案だって」時田さんが目を輝かせながら言った。「これは面白そう!」


「合宿か。いいね。どんな計画なんだろう?」

 僕もその提案に興奮を感じた。


 ただ、行き先の予定地は書かれているものの、一体そこで何をするのかについては情報がなかった。

 彼女のことだから、考えていないってことはないと思うけど。


「……ねぇ、うちら3人だけなのに、ジュンジュンに任せっきりでいいのかな?」


 ふと、時田さんが言った。


 そういえば、本来いるはずの先輩が留学に行っているとかで、現在佐波さんが会を運営している。

 たが、合宿まで計画やら予約やら全部1人でやらせるのは、さすがに忍びない。本来なら、夏休みに入る前にそういう話し合いをしても良かったはずだ。


「それもそうだね。行く前に、少し話し合う?」

「あ、あげピーそれナイス! 今日この後は?」


「…この後か。確かに時間あるけど……まぁ、佐波さんが迷惑でなければ」


 時田さんは早速、テクストメッセージで佐波純子へ打診した。


 ちょっと待っていると、彼女から返事が来て、


〈今日とはまた急ね…。まあ、無理じゃないけど〉


「じゅんじゅん今から来ていいって! 行こっ、あげピー」


 時田さんが立ち上がり、僕も後に続いた。


 ☆★☆★☆★☆ 


 佐波さんの家は、閑静な住宅街の一角にあった。


 白塗りの一軒家で、外から見ると瓦屋根の落ち着いた日本家屋の雰囲気を持っている。今時、珍しい造りだ。


「教えてもらったとこだと…ここっぽいね。ここで合ってる系?」

「うん、表札も出てるから、間違えないと思うよ」


 けっこう珍しい苗字だし、「佐波」っていう家が隣近所に並んでることは少ないだろう。


 時田さんが〈家の前きた!〉と送る。一方の僕はインターホンを押し、佐波さんが出迎えてくれるのを待った。


 ドアが半分くらい開き、佐波純子が顔を出した。

 いつも会ってるとはいえ、佐波さんの自宅で本人を見るのは、なんだか新鮮だ。


「やっほ、ジュンちゃん。夏休みどう?」


「……来たのね。彼の妹さんと旅行いった時に会ったでしょう………て」


 そこで、驚いたようにドアを開け放った。


「なんかすごい焼けてる?! すごい、ソシャゲとかに出てくるギャルキャラみたい!」


 うんうん。やっぱりそんな反応になるよね。こんな娘が現実にいるのはビックリだ。(もちろんそれが僕の彼女なのはさらにビックリだ。)


「えー、2人とも驚きすぎじゃない? 夏なら、このくらい焼けるの珍しくないっしょ?」


「普通の人が日に灼けたらただの〝日焼け〟だけど、あんたの場合は〝黒ギャル〟になるのよ。〈ほのおの石〉を使おうとして、皆〝つかえません〟って出てるのに、イーブイだけはちゃんとブースターに進化するみたいな……」


「分かりやすいようでいて、相手を考えこませてしまう喩えってどうかな?」


 話をしながら、佐波家の中に入れてもらう。玄関で靴を脱いで、奥へ進んでいく。


「まぁサンオイル塗ってたのもあるけど、そうとう控え目だと思うよ? ママの昔の写真とか見ると、まじ黒く灼けててスゴイもん」

「あんた、母上もギャルママなのか……。あげピーくん、その日が来たら頑張るのよ!」

「え、何を?」


 彼女の家は、思っていたよりも広く、綺麗に片付いていた。リビングに案内してくれる。

 いや、リビングというより、これは〝居間〟というべきか。


 畳の部屋で、十畳ほどの空間に、足の短いテーブルが置かれ、隣の部屋との間はふすまで仕切られている。


 壁際の違い棚は、本棚として活用されていた。そこには、古今東西の伝説や民話に関する本が並んでいる。家族の本も混ざっているのかもしれないが、その一角は純子の趣味がよく現れた空間に見えた。


「どうぞ、座って」

 佐波さんが重ねてあった座布団を引っぱってきて、1枚ずつ配った。


「わ、座布団だー。……ンっしょ」


 時田さんは葡萄茶えびちゃ色の

 座布団の上に、ちょこんと正座をして座った。


「正座はやめときなさい、痺れてくずれるのが目に見えてるわよ」

 とニヤつく佐波さん。


 卓袱台の上へ、研究会ノートと雑誌、地図帳などをバサッと置き、そのうちの一冊であるノートを開いた。


「えー、私たち伝説研は、毎年長期休暇を利用して合宿を行うのですが……。この夏は、きれいな川が流れる田舎へ、河童の調査に行きます」


 部長代理はサラリと言い放った。この一風変わった計画に、勿体もったい付けないのがなんとも彼女らしい。


「えー! 河童なんて本当にいるの?」

 時田さんは驚きつつも、目を輝かせた。


「河童の伝説は各地にあるよね。でも、本当に調査できるのかな?」


「そう、河童は日本のあちこちに伝わるけど、特にこの川は河童伝説で有名なの。地元の人たちから話を聞いたり、古い記録を探したりするつもりよ」


 なるほど。研究会の合宿というだけあって、一応それっぽい活動をするらしい。今時、そんな取材に答えてくれる奇特な方がいるかは不明だが。


「それってすっごく面白そう! 水着も持っていくべき?」


「ええ、まあ、河遊びもできるかもしれないけど、河童を探すのがメインよ。水着は…必要かもしれないわね」


 時田さんが笑いながら言ったのへ、純子は苦笑いしながら応じた。


「入っても大丈夫なの? 河童伝説の場所、川によっては危ない場合もありそうだからね」


「あ。あげピーそれって、河童が出てきて、引っぱられたりしないかってこと?」

「ん……。まぁ、そんなとこ」


 とは言ったものの、僕が心配した理由は、もっと散文的さんぶんてきなものだ。


『河童が出る』という言い伝えがあるということは、たぶん昔から子供などが遊んでいて、溺れやすかったんじゃないか? 外からは浅く見えたのに、実は深かったりして、急に深瀬にハマりこむこともあったのかもしれない。

 それが、昔は河童の仕業になったんじゃないかとも考えられる。


「もちろん、全て計画的に進めるつもり。安全第一で行動するわ」

 佐波さんは頷きながら、計画の安全性を保証した。


 ま、大丈夫だろう。今回は滝壺で泳ぎたがる妹もいないことだし、ゆっくり羽を伸ばせそうだ。 


「河童に会えたら、きゅうり持っていくね!」

 と、時田さん。


「いいね。河童が喜びそう」

 その無邪気な提案に、僕も同意せざるを得ない。


「それじゃあ、みんなできゅうりを持っていくことにしましょう。でも、本当に河童が出たらどうしよう…?」

 佐波純子の声には期待と不安が混じっていた。


 時田さんは大胆にも言う、

「大丈夫だってジュンジュン。河童がいたら、私たちが新しい伝説を作ることになるじゃん!」


「河童に会えるかどうかはわからないけど、自然ゆたかな谷川をめぐる楽しい旅になりそうだね」


 佐波さんは僕らの反応に安心したのか、夏の合宿がすでに始まったような顔をしていた。


 まさかの、妖怪さがし。妹にせがまれて妖怪ウォ○チのメダルの列に付き合わされた時には、こんな日が来るなんて思いもしなかった。


 しかし――。河童伝説は、僕らが夢と現実の狭間へ向かう、ただの始まりに過ぎなかったのだ。

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