佐波純子、夏のモノローグ
夏の日は永い。太陽が空を支配する時間が永遠にも感じられる。
特に、学校の宿題に追われている時は、その長さが余計に際立つものだ。
私、佐波純子はそんな日々を送っていた。
白い壁に囲まれた自室で、机に向かって座り、教科書とノートに囲まれ、夏休みの宿題に真剣に取り組んでいた。
珍しく、序盤から友達に誘われて旅行に行くという
数学の問題集に目を通し、英語のエッセイを練習し、歴史の年号を暗記する。
(今更だが、私はあげピー君やみいなさんのいる普通科と異なり、特進科――外部進学のためのクラス――にいるので少々カリキュラムが異なる。)
でも、午後に差し掛かると、なんだか気分がフワフワと下がり始めた。疲れが少しずつ溜まってきて、退屈という名の雲が、ゆるやかに私を包みこんでいった。
『……まぁ。そんなに慌てることも、ないのよね』
期末テストが近いわけでもないし、受験はさらに先の話。
なのに、なんで勉学に勤しんでいるのかというと。
……要するに、やることがないのだ。
夏休みを昔のように楽しめなくなったのは、いつからだろう?
――去年の夏は、受験勉強に精を出していた。
私が目指していたのは、県内トップの公立高校。が、冬にまさかの高熱が出て、駅まで行ったものの無理だということを悟り、途中でリタイア。
それで、先に受けていた私立に合格し、入学した。
一昨年の夏は……。そう、当時流行のソーシャルゲームに大半の時間を費やしていたっけ。
ゲームにこんな時間を使っていいのかと、当時は軽い罪悪感に苛まれたものだが、今年の春に受験勉強から解放された。で、春休みに久しぶりに復帰しようとしたら、そのソーシャルゲームはサービス終了していた。
ああいうゲームはネットに繋いで起動するものであるため、サービス終了するともうプレイすることはできない。(どうも私がハマるゲームに限って、早くサ終するんだよな。なんでだろ?)
そして、いま。私の生活は――…。
ため息をつきながら、私は窓の外を眺めた。
「あっちだよ!」
「待ってよ~」
幼稚園を出たか出ないくらいの、小さな子供たちが駆け抜けていく。
夏は、誰もが楽しそうに見える。
窓の外では、夏の緑が生い茂り、そよ風に揺れる木々の葉っぱが、まるで私の自ら選んだ孤独をあざ笑っているかのようだった。
わりかし自由な高1の夏まで、ずっとこうしている必要があるのかと、心の中で自問自答しながら、私は寂しさを感じずにはいられなかった。
「……あの2人、どうしてんのかしら」
ふと、私の頭の中に浮かんできたのは、あげピー君と時田みいなさんのことだ。
私が部長を代行しているクラブ、〝伝説研究会〟のメンバーである。
学校では2日に1回くらい会うのだから、友達……ということになるのだろう。(これ前にも言ったっけ?)
そのうえ、2人は付き合っている模様。私にとっては、『知人同士がカップルになってる』という状況が初めてのことなので、なんとも新鮮で、なんともやりづらい。
携帯電話はベッドの上に放置されており、2人にメッセージを送ろうと何度も思うが、いつも恥ずかしさに阻まれていた。『きっと二人は夏を楽しんでるわね…』と、遠慮する気持ちと、ちょっとばかりの羨ましさとを感じつつ。
自分で考えても、こんなことで悩むのは馬鹿馬鹿しいと感じた。でも、彼らのことを考えると、やっぱり一緒にいたいという気持ちが勝ってしまう。
「あー、もう! そうだ、あれ。あれを考えよう。夏休み、伝説研究会はどこへ行くか」
その思いつきは、私の心に光を灯した。
私たちの伝説研究会は、各地に伝わる伝説を知ることを目的にしている。
そのフィールドワークとして、夏休みも、どこかへ行くのが恒例だ。
地元にある古い寺社仏閣の探索、その地に伝わる伝承の調査、夜空に輝く星の下でのキャンプ…。そんなドキドキする計画を考えると、私の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
勉強道具を脇にどけ、〈伝説研究会20XX〉と題されたノートを引きよせる。興奮を込めて計画を練り始めた。
「まずは、忘れられた神が住むと言われる古い神社から始めて、海……は、行ったから……川がいいわね。そこにはカッパが住んでいるとか。こんな伝説のある川、田舎にはいくつもあるけど…。まあ、みいなさんは喜びそうよね」
彼女なら知らない町を歩いているだけで喜びそうなところがある。ギャルっぽいから、こんな渋いクラブお気に召さないだろうと思っていたが、意外と楽しんでいるらしい。
まあ、ギャルは大抵、旅行とデ○ズニーが好きだからな。(偏見かしら?)
あげピー君は、今のご時世には珍しく、優しさだけでなく、心にゆとりがある少年だ。のんきそうに見えて、彼女のこと、私のことに、いろいろと気を配ってくれてるのが判る。目的は伝説の収集だが、彼も楽しめそうなところを選びたい。
アイデアは次々と湧いてきて、私はその計画に熱中していった。
「うん、これなら行けるわ。なんかいいじゃない、こういうの?」
計画を立てているだけでワクワクしてきた。
これは、あれじゃないだろうか? 漫画やドラマなんかでよくある、部活やサークルで集まってする合宿。メンバー同士が友情を深めたり、恋愛に発展したりするという、あのイベントみたいなものでは?(ちょっと人数少ないし、発展する見込みもないが。)
私は新しい決心を胸に、携帯を手に取った。「このくらい、なんてことない。なんてことない…」と自分に言い聞かせながら、メッセージを打ちこんだ。
〝夏休み、伝説研究会のお知らせ〟
そんな見出しを付けて、送信ボタンを押し、2人からの返事を待つ。
休みはいつも一緒にいそうだし、どうせ返事は夜になるだろうと思っていのだけど。
思いの外、早く来た。
〈合宿行けるの? 楽しみ!〉
みいなさんだ。
〈反応早い。
てっきり、あげピー君と一緒なのかと思ったわ〉
〈あ、一緒だよ😝〉
あげピ君から続けて〈ここにいます〉と入った。やっぱりか。予想通りすぎて嫉妬する気も起きん。
〈じゅんじゅん何してるの?〉
何って、……正直に言うべきだろうか。まあ、計画に時間かけたことは黙っておこう。
〈私は朝から、夏休みの宿題を片付けていたところよ。特進コースは量が多いの。
まあ、夏なんだし、あんまりイチャイチャして暑苦しいところを見せないようにねw〉
渾身の力を放って、今の思いと皮肉を篭めたメッセージを送る。
こうすると相手も返信に時間がかかり、高確率で会話が途切れるのでオススメだ。
案の定、画面は私のメッセージを最後に沈黙した。じゃあ、また宿題のつづきに戻るか。
と思いきや。
〈その前に、会って話さない?〉
「………え?」
まさか、さっき送ったメッセージが、本気で羨ましがってように見えてしまったのか?
余計なことは言うもんじゃないなと思いつつ、弁解した。
〈や、今のは別にそういうつもりで言ったんじゃないから、気にしなくていいわよ〉
〈いや、そういうんじゃなくて、
行く場所とか、持ってく物とか確認したいし〉
それは一理ある。
私が部長代理を任せられてると言っても、それは『全部1人で決めろ』という意味ではなかったはず。
行く場所も、本当は相談して決めても良かったのだ。2人ともそんなことに時間使いたくないだろうと思ってたのだけど、
〈わかった、いいわよ。いつにする?〉
〈いまから会える?〉
〈い、いまから!?〉
ヤバい、このギャルぐいぐい攻めてくる……。あげピー君いるのにいいのかしら…って、あ、彼も来るしいいのか。
〈今日とはまた急ね…。まあ、無理じゃないけど〉
〈ごめんね。時田さん、いつもこんなで〉
と、これはあげピー君。苦笑する彼の顔が浮かんでくる。
〈ひどくない?うちはあげピーに会いに行くか、あげピーが通りかかりそうなとこで待ってるだけだから〉
それはそれで、怖いんだけど……。これが最近の俗世間で言う〝フッ軽〟というやつか。恐ろしい。
場所はこっちに合わせてくれると言うので、家まで来てもらうことにした。最寄りの駅を伝え、私は立ち上がる。
「……部屋、片付けないと。いや、そんな散らかってもないか。人が来る時って他に何かすることあったっけ…?」
以上、夏休み急に出来た予定に戸惑う佐波純子からでした。(まだつづくわよ!!)
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