信じてた僕の彼女が黒ギャルに…!?ってただ灼けただけでした

 妹の友達の、別荘への旅行から帰ってきた。


 あっちは南の島だったので暑かったが、こっちはこれからが夏本番。その到来を告げるように、外ではセミが鳴き始めていた。


 夏休みは、まだ永い。


 これだけ自由な時間があれば、なんだってできる気がする。気がするだけで、これといって特別なことをする予定はないけど。


「………ふむふむ……」


 適度にクーラーの効いた部屋でベッドに寝転がり、僕はマンガを読んでいた。


 某人気少年誌のロマコメ漫画。


 ファンタジー異世界からやって来たメインヒロインが騒動を起こし、サブヒロインが次々と増えていくタイプの、昔どっかで見た王道マンガだ。


 ファンから〝生き仏〟と称される作者の筆致ひっちは見事で、この先AIがマンガを描く時代が訪れても、それは決して機械には真似できないと信じられた。彼の描くキャラクターたちには、人間特有の温もりと感情がめられており、読者はその一つ一つに深い安らぎを覚えるのだ。


 そんな、われながら時代遅れな感興を感じつつ、画面をフリップしていく。


「………」

 そこで手が止まる。


 そこに映っていたのは、今回から現れた新キャラだった。その属性はズバリ:


 黒ギャル


 である。


『ずいぶん、尖ったキャラで来たなぁ。この作者の好みとは違うと思うけど……担当編集さんの趣味かな?』


 そんなふうに、いろいろと邪推しながらページを進める。


 鈍感な主人公も、これまでのキャラたちとは違う新ヒロインの登場に戸惑っていた。


 若年層にも受け入れやすくするためだろうか。この漫画ではお疲れなことに、僕の生まれる前のギャル史をまとめていた。


 ギャル(Gyaru)は、90年代の日本で生まれた。初期のギャルは、派手な服装やメイク、茶色くブリーチされた髪などで、自己表現の自由を追求した。


 その結果、〝黒ギャル〟なるものが流行する。


 昨今の美白ブームからは想像しにくいであろうが、もっと肌を焼くことが流行っていた頃の話だ。

 若者はこぞって日焼けサロンへ行き、女子高生もその流行に乗り遅れないようにと、放課後や週末になると、友達と一緒に日焼けサロンへ足を運んだ。

 彼女たちは、そうした時間を楽しみ、その後の変化を鏡で確認することに喜びを感じていた。日焼けは新しい自分自身を肯定し、自信を持つための手段となったのである。


 そんな中、〝ガングロ〟や〝ヤマンバ〟――これはなかなか衝撃的なので、知らない若者諸氏は調べないことをお薦めする――と呼ばれる、かなり奇抜なファッション・スタイルも生み出した。


 そして現代。SNSの普及によってギャルも多様化し、カラフルな髪色や、アニメや漫画の影響を受けた新たなギャルが生まれている、と。(ざっとこんな感じ。)


 ――それにしても。


『なんで僕はこの、いつもはスルーしそうなページを熟読しているんだ?

 ……あ、そうか。時田さんと付き合いだしたからか?』


 実際に付き合いだした結果。どうやら、僕の日常の興味・関心まで、いくぶん変化してきているらしい。


 妹にも言われたが、昔であれば、天然系のメインヒロインか、それと双璧をなす清楚系のサブヒロインか。どちらかへ目が向かい、この新キャラには興味を示さなかったところであろう。


 しかし、自分がギャルっぽい彼女と付き合っているからだろうか? この黒ギャルっぽいキャラのアプローチに、やけにドキドキしてきた。


(注:彼の反応を、節操がないと思わないで下さい。人間とは、自分で思っているよりも現実への適応力が高いものなのです。)


 四角くカットされたコマの中で、きらめく肌。


 その褐色の肌は、熱帯雨林の奥深くで育ったカカオ豆のように、濃厚で甘美な香りを纏っていた。絶妙な色づかいのトーンからは、常夏の島から吹く風のような、生命力に満ちたエネルギーが発せられている。


 その胸の高鳴りに、僕はアイデンティティーのせいしんてきな危険を感じ、マンガを閉じた。


 ―――パカッ。


「でも、ま……。黒ギャルなんて、ファンタジーだよな。僕の彼女だって、ギャルではあるけど、ああいうファッションとは程遠いし」


 台所で、冷蔵庫から出した麦茶を喉に流しこみ、冷静になる。


 そんなことをしていると、チャイムが鳴った。ここからじゃ届かないことを知りつつも「はぁい」と答え、玄関へ向かった。


 いつものことだ、誰だかも判っている。時田さんだ。


 ……の、はずだった、が……。


「やほっ、あげピー! やー、今日も暑いね~」


 ――白くてシンプルな、英語で「Rainbow Dreams」とロゴの入ったキャミソール。


 ――どこか子供っぽさもある、群青ぐんじょう色のショートデニム。


 腕には、金キラの……ではなかったが、落ち着いたシルバーの耀きを放つブレスレット。


 そして――。


 こんがり灼けたパンのように、太陽の下で照りかがやく肌。


 そこにいたのは、まるでさっき漫画で見ていたキャラクターのような、


 黒ギャル


 と化した時田みいなであった。


「あっ、やっ…」


 僕は口ごもる。


 そりゃあね? ただ日焼けしてるだけなら、小学生だってするさ。運動会の練習があった時は、みんなで行進の練習をして、普段はインドアな現代っ子たちである僕らも、こんがり灼けたもんだ。


 だが僕も思春期を経て高校生になり、しかも時田さんの場合はギャルという属性も相まって……茶色い肌のギャル姿はとても、刺激があった。


 いや、ありすぎた。


 彼女のように、オタクっぽい僕にも優しい黒ギャルが己の彼女というのは、恐れ多いというか、僕の家の前に立っているのが不思議なくらい。


「そ、それはもしや……。

 少し見ないあいだに、か…彼氏の趣味で、そうなってしまったとか……??」


「え? 彼氏の趣味って、あげピーの趣味で、ってコト?……どぅいう意味?」


 我ながらトンチンカンなことを言ってしまう。何を言いたいんだ俺?


 冷静さを取り戻し、


「や、灼けたね?」


 なんとか声を絞り出し、意味のある言葉を発する。


「うん、そーなんだよね。だから今日は、夏っぽい恰好になってみました」


 てへぺろっていうのかな、軽く舌を出してピースをした。そのちょっとイタズラっぽい仕草もよく似合う。


「ああ…………う、うん」


 どう表現していいか、わからない。


 もちろん、あの旅行で灼けたのだ。それは、彼氏の僕が一番よく知っている。


 彼女の肌はあの亜熱帯らしい南の島の、太陽の記憶を伴っていた。

 日焼けした肌は、夏の日々の冒険を物語るキャンバスのよう。彼女が歩くたびに、陽光が彼女の肌を金色に輝かせ、夏の終焉を告げる夕日さえも羨むほどの輝きを放っていた。

 それは、日差しの下で過ごした時間の美しさを体現するかのようだ。夏の風が彼女を包みこむたび、その輝きがさらに増すのだった。


「んー?………あ。も、もしかして、灼けてる女の子はヤとか!?」


 一瞬前まで自信ありげなポーズを見せていたけど、そこは時田さん。僕が思ったような反応と違うのを知ると、慌てたように、僕の好みと合ってないんじゃないかと探りはじめた。


「そ、そんなことないよ。なんでもないんだ」

 僕は顔を赤らめる。


 さっきまで読んでいた、ロマコメ漫画のこともある。


 現実と漫画は別だとよく言うが、こうやって実物に出てこられてみると、そういう常識ジョーシキは吹っ飛んでしまう。


 まさか僕が読んでいるマンガを知ってたわけではないだろうが、……彼女の場合『もしや』と思わせてしまうのが恐ろしいところだ。


 彼女は僕を悶死させようとしているのかもしれない。波だつ感情に気づかれないよう、ふたりで歩きだした。


 ☆★☆★☆★☆


 昼さがり、僕たちが向かったのは、かき氷屋。


 けっこう繁盛しているのか、短いながら列が出来ていて、その最後尾に僕らも加わった。


「へぇ、かき氷だけの専門店か。こういうのあるんだね?」

「うん。うちも存在は知ってたんだけど、夏になったら、あげピーと来たいと思ってたんだよねー」


 そいつは彼氏冥利に尽きる。


 かき氷というと、僕の中では『色々あるメニューの中の一つ』という印象が強かった。ファミレスとか焼きそば屋台とかで注文するイメージ。

 だから、それだけが出てくる店というのは新鮮だった。


 注文する番が来て、僕はブルーハワイを、時田さんは宇治金時を頼んだ。


「宇治金時! 時田さん渋いね?」


「なんか最近、うちの中で和風なのが来てるんだよねー。お汁粉とか、みたらし団子とか!」


 ギャルとしては渋すぎるが、なんだか時田さんらしいマイブームだ。


 氷が来た。白雪のような氷は屋台で頼むのとは違って、キメ細かく、混じりけがなく、いい水を使っているのが判る。


 シロップも味わい深かった。


「んー。冷たくて、おいし~♪」


 時田さんがチョビチョビと氷を頬ばりながら呟く。彼女とて、一気に食べた時にジンジンくる、あの頭の痛みは回避したいようだ。


『にしても。さっきから……』


 時田さんは気づいていないようだが。店の前に列んでいる時から、お客さんの中に僕らの方をチラチラ見てくる視線があった。


 やっばり、黒ギャルが珍しいんだろうか?


 ……いや、それだけじゃない。彼女だけなら、あまりかえりみられないことだろうが……

 一緒にいる僕は、いつもと変わりない平凡な出で立ちであるため、まさか付き合っているとは見えず、一体どんな関係なのか? 僕らの間柄が疑問なのだろう。


 しかも、忘れるなかれ。彼女はヤンデレ彼女でもあるのだ。


 次第に慣れてきてしまったが、距離は近いし、人前でイチャイチャしないまでもペタペタしてくるわけで。


 したがって、かき氷を食べるのでさえ、注目の的になっていた。


「……ねぇ。今日のあげピー、なんか変だよ?」


 どことなくモジモジしている僕の態度に、時田さんが気づかないはずがなかった。(周りには無頓着なのに、なんでだ?)スプーンをかき氷に差したまま手を止め、隣に座る僕を覗きこんでくる。



「やっぱ、……今日の私、変だった? ちゃんと日焼け止め塗っとけば良かったなぁ。あげピー、意外とうちの趣味のまんまで大丈夫みたいだから、油断した……」


 楽しそうだった時田さんが、哀しそうな顔へ変わってしまう。彼女がそんなふうになってしまうのは誰のためか? 僕のせいに決まってる。


「そ……そんなことないよ!」


 僕は発作的に、大きな声で言った。こんな反応をしてしまうなんて、自分でも驚きだったが、朝から溜まっていた言葉は、後から後から出てきた。


「その反対だよ。日焼けした君が、あまりに可愛らしくて、刺激的だから…。

 こんな子が僕の恋人だなんて信じられなくて……気になってしょうがないんだぁぁあ!!!」


 僕は腰を浮かせ、そう宣言した。


「あ……あげピー…!!」


 ぱっと赤くなって、口を押さえる時田みいな。驚きと共に、瞳を潤ませている。


「…………あ」


 僕は周りを見回した。


 唖然としてこっちを見たり、微笑ましそうに笑ったり、天晴あっぱれとばかりに短く拍手をする人々。


 ――『彼女とは、一体どんな関係なのか?』 それを自ら宣言してしまった、或る夏の日の午後である。



(夏休み中は、しばらくこの近所には来ない方がいいかと、本気で思った……。)

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