BBQしてもいいですか?

 やがて日が落ちはじめて。


 海辺の風が心地よく、夕日が水平線の上にキラキラと輝いていた。


 バーベキューには絶好のロケーションである。


 執事のような人が丁寧にグリルを設置し、メイドさんが色とりどりの野菜や肉を準備していた。僕らの立てたテントのすぐ傍だ。


「夕日を見ながら、浜辺でBBQ……。

『BBQはリア充や陽キャのすること』。そんなふうに考えていた時期が、私にもあったわね……」


 そう呟く佐波純子は、テントの下で読書に耽っていた。


 彼女もウチの妹に振り回されたらしく、海からゼーハー言いながら出てくると。僕らが立てたテントに気づき、いつの間にか本を持ってきて読んでいた。(再び例のサングラスを額に掛けている。)


 さて、グリルの方は、炭火がすでにおこしてあって(ありがとうございます!)、テーブルにはマリネされた肉、新鮮な野菜、シーフード等が並んでいる。


 正直やったことがないので、どこから手をつけていいか分からず、戸惑って立っていた。


「あたしたちも、手伝う?」


 時田さんがニコニコしながら声をかけてきた。ビキニの上に薄いラッシュガードを羽織り、彼女もBBQが楽しみなご様子だ。


「うん、そうしよう! 時田さんはバーベキュー、やったことある?」


「ううん、うちもはじめて。だから、気になってるんだよね~」


 立ち話していると執事が僕らに気づいて、「野菜から始めるといいですよ。火が通るのに時間がかかりますから」と親切にアドバイスしてくれた。


「よし、やってみるか」


 僕はうなずき、トングを取ってピーマンやズッキーニから焼き始めた。


 カラフルな野菜を熱をもったグリルにそっと置くと、煙が立ち昇り、香ばしい香りが空気を満たした。炎はグリルの格子の下で踊り、野菜が焼け始めるとパチパチと音を立てる。

 ピーマンとズッキーニはほんのりと焦げ、鮮やかな色が強まりながら、炭火の健康成分(たぶん)を吸収していった。


「この肉と一緒に入ってるのって何?」


「ん、それキウイじゃナイ?」

 彼女が推測し、


「はい。肉はキウイやパイナップルに漬け込んでおくと、柔らかくなるんです」

 牛館文華が答えた。


「へ~キウイでも出来るんだ? 玉ネギに漬けとくのは知ってたけど…。覚えとこっと!」


 そう言いながら時田さんは、小さな肉や野菜を上手く串に刺していた。意外と家庭的なんだよな、みいなって。


 そんな僕たちを、佐波さんは遠くから眺め、


「あげピ君が料理するなんて、ちょっと意外ね…。これは面白くなりそう」


 と、彼女らしいシニカルなコメントを投げかけた。


 焼けて食べられるようになってから出てくるつもりなのだろう。こうして皆で焼くのもBBQの醍醐味だいごみだと思うのだが、参加しなくていいのだろうか?


 一方、僕の妹と田崎くんは自分たちのやり方で取り組んでいた。妹はいつもの調子で、田崎くんにシーフードの味付けを指示していた。


「ここにもう少し塩を振って、田崎くん。信じて、きっと美味しくなるから!」


 自信ありげに言う。小学生の頃家庭科の調理実習で、トンデモナイ物を持って帰ってきたことがあるのを忘れたらしい。(田崎くんの方は「え?これもうタレが……う、うん!」と結局、言われた通りにしたようだ。)


 さて、僕は正面のグリルへ視線を戻した。


 向かいから、メイドさんが肉を載せ始めていた。炭火のオレンジ色の炎が下にチロチロと覗き、ジュージューと焼ける音が心地よく響く。


 同時に時田さんは隣で串に火を通していて、「いい感じに焼けてるよー」と笑顔を見せた。


 ピーマンは表面が少し焦げてきて、香ばしい匂いが漂い始めた。僕はまだ慣れない手つきで、それを丁寧にひっくり返した。


 バーベキューなんてただ焼くだけと思っていたけど、執事が言っていた通り、火加減が難しい。


 でも、こうやってみんなでバーベキューをするのは、楽しい。時田さんの隣で、焼き具合に集中することが、なんだか心地よかった。


「こうやってると、なんか、未来を想像しちゃうよね」

「ん?」

「あげピーと、家族5人で、海でバーベキューをする時のこと……♡」


 …その発想はなかった。しかも子供3人いるのは確定らしい。このご時世、僕にそんなに子供を養える自信がないよ……と言ったら、時田さんは愛想を尽かすだろうか? いや、アタシも一緒に頑張るから! とか言われそうなので、僕はもだした。


(それ以前に、いつの間にか結婚が暗黙の了解になってるのは気のせいか?)


「あっ、ざんねん! 家は、そういうのには行かないんですー。ね、お兄ちゃん?」


 すかさず妹が口を挟んだ。事実、家の家庭環境からして、前例がないのは確かである。せいぜい週末に時々、ファミレスに行ったりするくらい。


 けど僕としては、ちょっと興味があった。これまで行く相手もいなかったというだけで。


「確かにそうだけど。ちょっと憧れるよね。キャンプとかピクニックとか」


「あっ、ピクニックはあるよウチ。小さい頃、よく自然公園みたいなところ歩いてたもん」


「む。……あ、田崎くん! それ焦げそう!」

「えっどれ? これ?」

「それじゃない、そっちの、あれ!!」


 思春期女子に特有な、気分の波を見せる妹。浮き沈みが激しいのはさっきまで入っていた海だけでいいというもの。田崎くんが可哀想じゃないか? 


 そんな2人の様子を、牛館さんは「うふふ、皆さん仲がいいですね…」と微笑を浮かべつつ見守っていた。「え、でもそうじゃない文華ちゃん?」とかなんとか言われて妹に確認を求められると、「えっ!あ、はいきっと…!」と答えたりして、これはこれで彼女も楽しんでいるのかもしれない。


「zzZ…。くー~……か~……」

 

 その頃。黄金色の日射しを浴びて。


 開いたままの本を顔に乗せた佐波純子は、お腹を波立たせながら、かなりだらしない恰好で眠っていた。


 ☆★☆★☆★☆


 夕日が海を金色に染める中、僕たちのバーベキューは思いのほか盛大な食事会になった。


 皿の上には自分たちで焼いた、風味豊かな食材がずらりと並び、執事とメイドさんが冷たい飲み物を手配してくれた。


「これ、思った以上に上手くいったね」


 僕はラム肉を頬ばりながら満足げに言った。時田さんが焼いた串で、塩加減もバッチリだった。


「んーほんと! こっちも超イイ感じ!

(あげピーが焼いたってだけでうちはもぅ…ハァ、ハァ、、)」


 時田さんが嬉しそうに答えた。


 ちょっと前に起きてきた佐波純子はズッキーニを味わいながら、「これ、あげピ君が焼いてたやつよね…。うん、美味しいわ」と笑顔で言った。


 彼女は寝ていたはずだが、よく見ているものだと驚いた。ちょっぴり照れくさい。


 妹はと言うと、「しょっぱ! ちょっとこれ、しょっぱすぎない?!」とか言いつつ、田崎くん、牛館さん共々、同じように楽しんでいた。


 僕らが舌鼓を打つ中、波の音と笑い声がほのぼのとしたムードを醸し出していた。なんとも、心地よい時間である。

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