海の天才~!って叫んであげたい(逆張り)

 海…。それは、原始のスープ。


 遙か昔、最初の命は、ここから産まれた。


 出来立てホヤホヤの海に溶けこんだアミノ酸やらなんやらが、雷の電気やマグマの熱などで化学反応を起こし、奇跡が起こり、生命が宿った……。


 海…。それは、万物の母。


 にしては現在、それは母性愛みたいなものを一切感じさせず、意外と行きづらいというか、けっこう敷居の高い場所……。


 なぜなら夏の海水浴場には、家族連れや、青春感満載まんさいの爽やかな少女たち、微妙に柄の悪いカップルなどがあふれかえり、その他の人々を寄せつけないからだ。


 去年の夏、僕らはそれを証明した。「海いこうぜ海! 彼女できるかも!」と男3人で、近場の海へ繰り出していったはいいが、結果は予想がつく通り。


「うん……やっぱ、できてから行こう……」と、トボトボと帰るという、空しい夏もあった。

(まぁ本気で落ちこんでいたのは発案者だけで、僕と西郷はそれなりに楽しんでいたので、それはそれで青春ぽかった気もするが。)


 しかし、いま、その認識は変わりつつあった。


 人々でごった返す海水浴場から、数百メートルほど離れた場所。


 僕たちは白く、だだっぴろい砂浜に立ち、静かな海を前にしていた。

 なぜ、この周辺にだけ人がいないのか? 理由は簡単。 


 ここは牛館家の、プライベート・ビーチなのである。


「自由に使えるのはアソコからココまでなんです。狭くてごめんなさい」とか言っていたが、庭にビーチと海があるようなものである。おそるべし富裕層。


「わーー!」

「おぉおぉぉー!!」


 歓喜する妹と、どことなくヤケクソ気味な佐波純子が、海へ飛びこんだ。


 それを眺めつつ、僕と田崎くんは、パラソルを立てたり、シートを敷いたりしていた。

 いくら自由に使えるからって日ざしは強く、やっぱりこういう場所は設置しておかないとね。


「………」


 作業中、会話はない。


 田崎くんから話しかけてくることはなさそうだし、ここは年長者のゆとりを見せるか。


「どう、うちの妹は?」

「…えっ!? どど、どうって?」


 目に見えて動揺する田崎くん。そういう意味で言ったんじゃなかったんだけど。


「あ、いや。妹って、いつもあんな感じだろう? 学校で、うまくやれてるのかなって」


「あぁ……(ほっ。)

 妹さん、人気者ですよ。いつも、クラスの中心っていうか。本当、俺じゃ全然……」


 これはやっぱり、そういうことか。分かりやすいな、田崎くん。


 うちの妹のどこかいいんだか。身内には、分からないものがあるってことか。


「お兄ちゃーん、田崎くーん! まだ終わらないの~?」

 浜辺で妹が手を振った。隣では、佐波さんが浮き輪にしがみついている。


「行ってきていいよ。こっちは大…」


 丈夫、と言いかけたけど、これでは遠慮させそうだな。僕は親指で後ろの林を指しながら、


「僕はまだ、彼女待ちだから。妹にも伝えておいて」

「あははっ、……はい!」


 はじめて笑顔を向けてくれて。田崎くんは、駆け足で波うち際へ向かった。


 ――サァァア……。


 寄せては返す波の音。木々の間を風が通り抜けるたび揺れる、光と影のコントラスト。遠くでは、水しぶきが水晶のようにきらめいている。


 これだけで夏を感じられる。ただ座っているだけなのに、なんとも贅沢な気分。


「ゴメンね~、時間かかっちゃって」


 そこへ、新しい影が落ちてきた。視界の隅に入った華やかな色あいに、デッキチェアーから身を起こすと。


「じゃーん。どうコレ?」


 時田さんが冗談ぎみに、僕の目の前で腰に手を当て、ポーズをとった。


「あっ…」

 思わず声をあげてしまう僕。


「えっ……どうしたの…? 変だった……?」


 その反応に、不安げな顔を浮かべる彼女。これは早急に誤解を解く必要がありそうだ。


「あ、いや。…スゴく、似合ってたから」


「……ホント?  

 もぉっ、びっくりしたじゃ~ん…! だったら嬉しい」


 そう言いながら、彼女は僕の隣に腰掛ける。


 実際、それは時田みいなによく似合ってた。

 高校生が着るには、かなり大胆なデザインであったが、ハイビスカスの模様で遊び心があって、いやらしさを感じさせない。


 感想としちゃ、『似合ってる』という、それだけでも十分なのだろうけど。

 この時の印象は――僕の胸の高鳴りは――それだけで終わらなかった。


 そう。ご承知の通り、ギャルというものは一種のアイコンである。アミューズメント施設のCMや、ソーシャルゲームの広告などではよく目にするけど。普通の人間は接点を持つことも少ない。


 それがまるで写真広告から抜け出てきたかのように、水着を着て僕の隣にいるという不思議さ。


 改めて、ファッショナブルなものとは無縁な僕が、時田さんという女子と、お付き合いしている数奇な運命を感じた次第である。


 そりゃ友達も驚くわー。同窓会の話題さらっちゃうわー。(今更)


「本当よかった~。まじ悩んだんだよ?

 色これだと派手かなぁとか、あれは逆に地味かなぁとか」


 が、当人は両足を抱えて、恥ずかしそうにした。


「そんな、……そんなの、個人の好みじゃない? せっかく海に来るんだからさ。自分が良いと思ったのが一番で、いいと思うよ」


「そうだと、うちも思うけど……。あげピーのこと考えちゃうと、気にしないでいられないっていうか。

 もう、価値基準? 評価基準?っていうの? それが、あげピー中心になっちゃってるんだよねー…」


 そんなギャルらしくもない、自信なさげな台詞を口にする。


 そういえば、ギャルってもんは「大胆な性格」なんだって、彼女と会うまでは思ってた気がする。


 でも、実際はそんなことなかった。本当は繊細な心の持ち主で、思いやりがあって、必要とあらば周りの空気だって読むこともできる。(大抵の場合は…。) 少なくとも彼女は、時田みいなはそういう女の子だ。


「……ゴメンね。水着ぐらいで、こんな話して。面倒くさいだろうなぁって分かってんだけど」


 でも、このところ思うんだ。 


「っ……!?」


 彼女の手の上に、僕は手を重ねた。さすがに顔を合わせる勇気はなかったので、みんなが水遊びする上をカモメが飛び交う、海の方へ目をやりながら、


「面倒くさいなんて、そんなことないよ。

 そうやって気にしてくれるところも……僕は、好きだから」


 その、ちょっとヤミやすい性格も含めて、彼女のことを好きになってるんだと。


「……!? あげピー………」


 僕らは見つめあう。


 いまの2人に、言葉はいらない。遠くで、高まる鼓動のような波の音がする。そのリズムに身を任せて。弾けるパッションに、心を預けたら。広がる僕らの甘酸っぱい、サンセット・メモリアル・オーシャンビュ


「良かった。皆さん、楽しんでくれてるみたいで」


「いや~、海に入る時は、やっぱり準備運動しとかないとな~」

「そ……そーだよねー…! このあたりとか、念入りに」


 ストレッチをする僕らの横には、水着を着た牛館文華が立っていた。

 腰にはパレオを巻いている。薄桃色のビキニを縁取る小さなフリルが可愛らしい。


「あ、お兄さんと彼女さん。

 夜は、バーベキューの予定なんです。そちらもお楽しみに」


 その笑顔を見て、僕と時田さんは顔を見合わせた。


 彼女がホスト役を頑張ってるのは分かるが、こうして眺めてるだけというのは、味気ないのではないだろうか? せっかく誘ってくれたウチの妹や田崎くんとも、対等に話しているという雰囲気はない。


 お節介かもしれないけど……。


「牛館サンは、一緒に遊ばないの?」

 素樸な疑問をぶつける。と、


「あ……わ、私は、お友達が楽しいところを見てれば、それで……」


 呟いたところで、時田さんが後ろに回り、両肩に手を置いた。


「ちょうど、うちらも行くとこだったんだよね。いこっ? あげピーも行くっしょ?」

 確認をするように、ウィンクをする時田さん。


「ああ、もちろん」と僕も頷いて、海へと向かったのだった。

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