同窓会でびっくりされる(3)

 さて僕らはというと。2人して赤くなっていた。


 いつもと同じで近くにいるだけなのに……ヘンに意識してしまう。


 どうやら知り合いに話が広まったことで、〝公式のカップル〟になったかんがあり、それが僕らに恥ずかしさを感じさせているのだ。


 小中時代には、みんな知っているというか公然のなかというか、同学年中、決まって何組かそういうペアがいたものだけど、あれってこんなに恥ずかしかったのか…? 鋼鉄の心がないと耐えられなそうだ。


 それは時田さんとて同じだったらしい。周囲の人波が引いた隙を見計らって、空になった僕のコップを引き寄せ、腰を浮かせた。


「そ、その……。飲み物、あげピーのも入れてくるね?」

「あ、大丈夫だよ、自分で…」


 と言いかけたけど、席は時田さんが外側。どのみち立ってもらうことになるのに気がついた。


「いいっていいって。ちょっと立ちたい気分だし。何がいい?」


 彼女と話してるうちに調子を取り戻して、

「カルピコ・ソーダ」


「あ、うちもソレにするっ。じゃあ、行ってきまぁす」


 いつものように僕に微笑んで、ドリンクバーへ向かう彼女の背中を見送り、僕は座席のソファーに沈みこんだ。


「なんだ、疲れたような顔して? 記者会見は、苦手か?」

 中谷が訊いた。


「そうだね。こういうの、慣れてないんで」


 できれば、こういう役回りは希望者にやって欲しいんだけど。

 周りを見ると雰囲気がガラリと変わってたりして、上手じょうずに高校デビューしたっぽい面々がいるだろ? 話題の中心は、ぜひそういう人々になって欲しい。


「チッチッ。人間ってのはな、変わりたいと思ってるヤツに限って目立たせてくれないものなんだよ。俺が証人だ。

 ペースを崩さず、これまでと同じように我が道を生きてきた。

 そんなお前みたいなのこそ、一夜にして有名人になり、一躍いちやく時の人になってしまうものなんだ」


 そういうものか? というか、一躍脚光を浴びたのは、僕ではなく時田さんだと思うけど。


「それでもよ、そんな

お前にかれるトコロがあったからだろ?

 それに恋人なんだろ、だったら一心同体だ!」


 意外とロマン派なんだな、こいつは。今日こんにちの恋愛にはいろんな形態があるのであって、勝手な理想を思い描かれると困るというもの。


 ……まあ、恋人と一心同体だなんて。いかにも彼女ときたさんが望みそうな状態ではあるのだろうが――…。


 時田さんがドリンクバーでジュースを汲み終わり、こちらへ運んでくるのが見えた。僕のところに来るというだけで足が弾む。


 が。テーブルに辿り着いたあたりで横から話しかけられる。僕の前のテーブルに2つコップを置き、


「あの、間違ってたら申し訳ないんですけど……minaさん、ですか?」


 そこへ来たのは、さっきから僕らのことを遠巻きに見ていた女子が2人。:

 片方は同じクラスになったことがなく、あまり接点がなかった子。もう1人は、学校自体が違い、他校の生徒らしい。


 時田さんも言っていたとおり、こういう席って、意外と知らない人が混ざってることがあるみたいだ。


「うん、……そうだけど?」


 時田さんは返事をしてから、その名で呼ばれたことに気づき怪訝けげんに感じた。高校来てからも自称してはいたが、ここで名乗ってはいなかったはず。


「やっぱり! なんでインスタやめちゃったんですか?」


 それで相手が、何を求めてきたのかを悟る。


「あ……。あ~…あれね。見てくれてたんだ?」

 時田さんはスタイルのいい横向きのシルエットをこちらに向け、女子に答えた。


 なんとそれは、彼氏の僕が知らない話題――でもなかった。多少は本人から聞いていた。

【伝説同好会】恒例こうれいの町歩きで写真を撮ったおり、くだんのSNSを「やってた」と言っていたのを思い出す。


 それがどうも、同年代の人間には、けっこう有名なアカウントだったらしい。


「あの、minaさんって、高校生ユーチューバーのこもはる君と付き合ってたんじゃ……?」

「それねー、真っ赤な嘘だよ。話したこともない。うち彼氏出来たの、今回が初めてだし」

「えっ、そうなんですか!?」

「そうそう。てか、なんで敬語? タメでいいよ!」

「えっ、やっ! だって、相手minaさんですし……」


 時田さんの一言をきっかけに、2人は彼女と談笑しはじめた。


 やっぱ人気者だなぁ、時田さん。


 知っての通り、高校では『彼氏以外に興味のない子』と化してしまったため、クラスでは友達も見当たらない状況になってしまっているが、本当はこんなに気配り上手で社交的な子なのだ。ネットで人気があったとしても、うなずける。


 僕の前に立っていかにも女子らしく喋る、彼女の背中を見ながら思う。


『……知らない話題で話してると、まるで時田さんが知らない人みたいだ』


 そう感じたのも、同年代の子と話すところを見たことがなかったから。そんなちょっと、特殊な事情。彼氏彼女の事情。


 僕は隣り合わせに置かれたコップの片方を引き寄せ、カルピコソーダをすする。


 ――てな具合で、もうそろそろお開きになるかと思っていた頃。僕にとっても、嬉しいサプライズがあった。


「おう、こっちこっち!」


 中谷が、入り口の方に向かって手を振った。入ってきたのは、僕にとって懐かしい顔で。


「あ、西郷! 来たんだ?」


 もう一方の友人へ目をやると、「最後だけ来れるかもって言ってたから呼んどいた」と言い添えた。

 中学時代よく一緒にいたトリオの1人、西郷である。


「久しぶりー。あげピーは、元気だった?」

「うん、それなりに」


 今回、会えたら楽しいだろうにと思っていた1人だ。中学にいた時も、彼といると落ち着くというか、〝本当の自分〟みたいなものを出せることが多かったように思う。


 空いている席に座ってもらう。


 すると自然と時田みいなが立って話しているのを目撃するわけで、その華やかな毛色をした女子が誰なのか、疑問が浮かぶが早いか、


「あちらにおわすは彼とお付き合いしていらっしゃいまする! 時田みいな嬢だ」


 中谷がヘンな日本語で、また僕の彼女を紹介した。(まさかこいつ酔ってるのか?と思ったが、飲んでるのはジンジャエールだった。)


「へぇ……あげピー彼女できたんだ? 良かったね」


 あたかも西郷は、宝船に乗ってる恵比寿えびす様のように微笑んだ。それはこっちまで改めて嬉しくなるような笑みだ。


 しかし残り少ない時間、彼の関心は別なところにあるようで、


「あれ、観てる?」


 昔と変わらず。そんなふうに訊いてきた。それだけで、僕らには通じる。


「あ、アレだよね? 観てない。最近時間なくて、2期までは観てたんだけど」


「そうなんだ? 途中で新しいキャラが出てくるんだけど。あげピー、絶対あれは好きだと思う」


「へえ、本当に? どんなキャラなの?」


「いくらキャラクターが増えたって、俺のマイシスターは花心かこだけだ! 中学の時から揺るがねえ!」


 中谷が叫んだ。高校生になり、昔とは異なる自分を演じようと頑張っていたようだが、かつて校内や街角で語り合っていた頃の純粋な(?)心を、思い出したようだ。

 ま、有り体に言えばオタク話だよな。知らない人には『なんのこっちゃ?』って感じだろうけど。


 そんな、知る人にしか分からないような、ツーと言えばカーな会話を、かつてと全く同じように交わす。とても、嬉しい気持ちだった。


 ――ただ。あの頃と比べ、もし違いがあるとすると。


 僕のすぐ前で、ファンの子たちと話す僕の彼女……時田さんが、しきりとこちらを気にして、なぜだかヤキモキして見えたこと――かな?


 ☆★☆★☆★☆


 LED街灯で照らされた、夜道を歩く。


 解散になる前にもいろいろ声を掛けられたり、写真をせがまれたり(なぜか僕も入れて……)したが、春の嵐がやっと過ぎ去って静かになったというところだ。


「……やっぱ、あたし来ない方が良かったかなぁ?」

 みんなから少し離れたところで、ふと時田さんが呟いた。

     

「どうして?」


「ん、や。うちのこと知ってる子がいたのは、嬉しかったけどね、」


 時田さんは珍しく、歯に衣を着せたような言い方で、


「もっとみんなに、あげピーと死ぬほどラブラブしてるとこ見せつければ良かったなー…って思って。

 うちら、これじゃまるで普通のカップルみたい」


「……いや、普通で全然いいからね?」


 時田さんには少し悔いが残ったらしい。仮にそんなふうに振る舞われていたら、同窓生とは二度と顔を合わせられなくなっていたかもしれないから、一安心だ。


「あれ以上のラブラブ・フォー・You!? やめろ…それは、俺の嫉妬が沸点を超える!」


 横から割って入ってきた友人が、それを証明してくれた。

 彼はさらなる想像を勝手に膨らませ身をよじっていたが、やがてその煩悶はんもんは勇気へ転化したらしい。


「よっしゃ、決めた。一年間だ、一年間。そのうちに彼女だって、ぜーったい作ってやるかんな!」


「出来るといいね、中谷君」と西郷が励ました。


(正確には「出来るといいね、中谷君。花心かこみたいな恋人が」と西郷は言ったのであって、「…それ、さりげなく俺のことからかってたりする?」と会話は続いていった。)


 どうも、時田さんを連れてきたことで、旧友たちを勇気づけられたようだ。


 もう卒業した学校のことなんて、どうでも良かったはずなのだが。そうでもなかったということか。


「そっか……そうだよね」


 そして。時田さんもまた、決心することがあったらしい。


「どうかした?」


「うちも決めたっ。あげピーの好きな話、もっともっとできるように、勉強しとくね?」


「勉強……? いったい何の?」


 彼女はそれ以上答えなかったが――この言葉の真意を知る日は、そう遠くない。


 ********


 で。こっちはこっちで、帰宅後。


 一部の同窓生が話していた、中学時代の時田さん――ネット上でminaとしょうしていた人物――について調べてみた。


 芸能人や有名ユーチューバーのように何万件もヒットするというわけではない。が、一部の小中高生を中心に、相当な数のフォロアーがいたようだ。


「やっぱり。中学の頃はかなり有名人だったんだな、時田さん」


 minaのプロフィールについてまとめられた記事は、「現在は、当該アカウントは削除されている模様です。」という報告で締めくくられていた。


 時田さんのことだ。本人に直接聞けば、いろいろ教えてくれそうに思う。


 だけど、なんとなく、気が進まない。知りたいけど、同時に知りたくないような、妙な感覚がある。


『この気持ちは、もしや――…』


 ……嫉妬、か?


 出会ってから、濃密とさえ呼んで大過たいかない時間を過ごし、これからもそれを望んでいるらしい彼女。


 そんな彼女の中に、僕の知らない時間があったことが、居心地わるく感じられてしまっているらしい。


 そんな気持ちを持つのは、自分でも初めての感情だったので、僕は戸惑った。


『自分の彼女のことを、なんでもかんでも知らないと落ち着かない』なんて、それこそ手のつけられない、ヤンデレ男みたいではないか。


 もしかして僕も、彼女と一緒に、とうとう〝その道〟への一歩を踏み出してしまったのだろうか―…?

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